一方で私たちは、予期せぬ人災のリスク、抗いようのない天災の恐怖も知っています。応挙が生きていた時代から、地球規模で環境も変わってきて絶対的な正解はないはずです。この問題について、外部の人々を含めて広く議論されたということが非常に健全なことであり、大乗寺が、そして応挙らが描いた襖絵が、長い歴史の中で人々に愛され、開かれたものであったことの何よりの証であると思います。
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