医師、永井隆は死期が迫る中、体験した原爆の惨禍と戦争の愚かさを随筆「長崎の鐘」で世に訴えようとした。長崎医科大学(現長崎大学医学部)助教授だった永井が原爆爆心地に近い同大学で被爆した時の状況と、右側頭動脈切断の重症を負いながら被爆者の救護活動に当たる様を記録したもの。被爆時に大学をはじめとする長崎の都市が完全に破壊された様子、火傷を負いながら死んでゆく同僚や市民たちの様子を克明に描いている。永井は、この時妻を亡くした。
また、救護の際には、頭部の重症と疲労から自らも危篤状態におちいるが、同僚医師や看護婦たちの努力により一命を取り留める。「長崎の鐘」とは原子爆弾の投下により吹き飛ばされてしまったカトリック浦上教会(旧浦上天主堂)の「アンジェラスの鐘」のことである(2つの鐘のうち1つは奇跡的に地中から掘り出された)しかしGHQの検閲により出版は差し止められそうになる。永井が経験したアメリカの占領下で核兵器廃絶を訴える難しさ。それは核の傘に安全保障を依存しながら、核廃絶を訴える現代日本のジレンマに通じる。戦後のベストセラーに秘められた葛藤を通して、日本人と核について考える。
番組の最後に磯田道史(国際日本文化研究センター教授)が言っていたが、人間の一人としてどう判断するかが重要であるかは、そのとおりなのだが、しかし、実際には、国民国家の意思決定がどうであるかということにならざるをえない。それが、民主的な国家であるか、独裁的な国家であるか、ということも問題であるが、国民の一人一人が思っていることの総和が、国家の意思決定に結びつくわけではないことも、また、たしかなことである。和歌て研究者・山本昭宏をゲストに呼んでいる回なのだから、原爆と原発はどのようなメディアでどのように語られてきたか、それらが日本人の核意識の形成にどのように関与したのか。もう少し語るべきことがあってもいいかと思うのだが、それを非常に一般的な言い方でしめくくらざるをえないことが、戦争について語ることの難しさである。
この番組を見た日本人なら、核兵器禁止条約に加わって、欺瞞的な国際政治のなかで、ある程度のしたたかさはあってもしかるべきだと思った筈である、
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