羽生九段は、日本将棋連盟発行「将棋年鑑」のアンケートに一番怖いものを「常識」と答えた。AIの“常識”に追従せず、多彩な戦法で王者・藤井王将を追い詰め、今もトップの実力があることを印象付けたと言える。
藤井王将の先手番では中盤までに優勢を築いて寄り切る横綱相撲も多く、いまやトップ棋士でも先手番を打ち破るのは難しい。そのため、七番勝負前は藤井王将の圧勝を予想する棋士が多かったわけだが、蓋を開けてみると、羽生九段がオールラウンドプレーヤーぶりを発揮した。後手番となった第1局では、最近は指す棋士が少なくなった「一手損角換わり」の戦型を選んで居合わせた棋士の度肝を抜き、終盤の入り口まで互角にわたり合った。
第2局以降も「相掛かり」「雁木(がんぎ)」「角換わり」と戦法を変え、2勝2敗の五分。第5局で選んだのは王将戦リーグ全勝優勝の原動力になった横歩取り。一時は優勢に立って藤井王将の先手番を崩すかとみられた。しかし、勢いは続かず終盤の読み合いで競り負けた。第6局の立会を務めた深浦康市九段の目には「工夫と戦型で藤井王将を打ち負かす、という気迫が表れている」と映った。
トップ同士の戦いでは、AI(人工知能)評価の高い「角換わり」が指されることが多い。評価の落ちる他の戦法を選ぶのは勇気がいったはずが、羽生九段は「まだ可能性がある」(第1局)、「未解決の部分がある」(第3局)と果敢に将棋の可能性を掘り下げ、妙技をみせ流石の場面をいくつも作ってみせたのだった。
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