1992年(平成4年) 3月21日:帰国直前、敗血症に罹り、ブータンにて死去した(59歳没)。3月26日:ブータン王室およびブータン政府によって西岡京治の国葬が執り行われ、遺体は夫人の意向に従ってパロ盆地(cf. パロ)が見渡せる丘にある葬儀場に埋葬された。海外技術協力員として派遣、28年間にわたって、日本から導入した野菜の栽培および品種改良、荒地の開墾など、ブータンの農業振興に尽力する。西岡氏の振興策は援助側の一方的な施策の押し付けではなく現地の実状に即した漸進的なものであった。このため、成果の確実性と定着性において他に例を見ないほどの成功を収め、農法にとどまらず産業・生活の基盤改善に大きく寄与した。1980年(昭和55年):ジグミ・シンゲ・ワンチュク国王から「国の恩人」として、民間人に贈られる最高の爵位である「ダショー」を授かり、同国において唯一にして史上初の外国人受爵者となって、今も多くの人に尊敬されているという。
眞子さまはまず、西岡氏が生前に拠点としたパロの農業機械公社の敷地内にある展示室「西岡ミュージアム」を訪ね、同氏の写真や農業機械などのゆかりの品を見学。続いて西岡氏の功績を顕彰する仏塔を訪れ、石碑のランプに火をともして一礼した。西岡氏がかつて技術指導を行った水田や、地元農家の様子も視察。西岡氏とともに仕事をしたことがあるブータン農林省の職員から説明を受けながら、米つきの実演や屋内の仏間などの様子を熱心に見て回った。
参照;時事コム(2017/06/05-20:03)
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