人として、社会的にプライドは持つべきで、大人としての対応は反省ばかりしても理解されないところがある国際社会では、まして自虐的だと言われて割ゾンにならないように、理論をもって主張することは大事だ。特に、よく問題がぶり返される慰安婦などが良い例だ。歴史背景なども、今は簡単にインターネットで学術論文なども検索できる。言われ損にならないように国民一人一人がそれなりに事情を理解する時期ではないだろうか。
日本人論の論客・グレゴリー・クラーク氏は次のようなことを述べている。
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奇妙なことに、日本や日本人のことところが、どういうわけか日本人に対しては、どのように奇想天外な批判をしても、意外とされないし、非難もされない。だから、外国人は勝手気ままに、これを批判するようになった。
イタリア人はみんな臆病だ、とか、すべてのドイツ人はサディストであるなどと活字で表現することには、彼らはかなりの躊躇を感じるはずとの配慮が効く。 ところが、日本人は凶暴な軍国主義者である、エコノミックアニマルである、天皇崇拝者である、等々の批判が、論文や書物で一刀両断のものになされているが、これらに西側の人々が反論はほぼ存在しない。日本は、あたかもボクシングのサンド・バックよろしく、あらゆる方向から非難されやすい。
これに対し日本人はしばしば、彼らの言い分にも多少の真実はあると思い、自分たちのいまだ気づかなかった民族的弱点を外国人が見つけ出したのだ、と真摯に受け止めたりする。非難があまり的外れになると、耳を貸さないだけの話である。ところが、中国人だったらイタリアの映画監督アントニオーニが中国にも欠陥があるということを匂わせるような作品を作っただけで、激しい発作的な反論と激怒を示した。
日本人は、中国以上にとはいわないまでも、同じ程度に自らの作り上げた社会を誇りに思ってはいるはずなのに、注意してくれたら聞いておこうの寛容だ。たまに、外国人の批判が日本の公式な立場に向けられると、政府がこれに反論を試みることがあるが、それ以上のことはない。
グレゴリー・クラーク 『日本人ユニークさの源泉』サイマル出版会
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