『ここが変だよ日本人』に出演ですっかり、人気者になったゾマホン氏は謹厳実直な西アフリカ・ベナンからの留学生で、最初は国交のない日本には来るすべがなくて、まずはフランスへ留学、さらに中国へいき、そこから日本にくることになったのだという。いつも独特な日本語トークで懸命に母国を紹介していた姿が印象的だった。そのうちに、北野武やお笑い系タレントたちが何のかんのと援助の手を差し伸べる展開を興味を持ってテレビで見ていた。今、氏は駐日ベナン大使となっており、国会に大統領と出向くなど活躍しているようすも報道されたが、お風呂のないアパート住まいをして、少しでも母国の福祉にお金を用立てよう、教育を良くしようと奮闘しているという。
自身が作成したCDの売上による収益があって、それをすべて自国の社会福祉にあてている。「このCDイッパイ売れたらネ、ワタシの個人収益でベナンのあちこちに井戸をつくりたいデスネ。べナンの多くの人は、簡単な水も残念ながら飲めナイ。日本人は一日に一人480リットル水を使うケド、アフリカの人々は一日に18リットルしか使えナイ。汚い水も飲んでマスし、その水にいっぱいバイ菌が入ってるカラ、平均寿命も短くナル。だからワタシは、この歌を通じて貢献シタイナと思いマス。ワタシの歌はトンデモナイけど、ゼヒゼヒ約1億3000万人の日本人のみなさま、CDを買ってクダサイ」
――このCDには、そんな大きな目的があったんですね!? 単純に寄付を募るのではなく、CDを売って貢献しようと思ったのはなぜですか?
「日本人に“クダサイ、クダサイ”って飢餓みたいにお願いをスルのは、ベストではないかなーと思ッテ。一番は、自分が何かしてお金を稼いで、アフリカ大陸の人々の生活改善をさせられたらイイなと思いマスノデ。CDが売れたら、ワタシの個人収益を使って井戸をつくりながら、現地の人々を日本や先進国まで呼んで、井戸の掘り方を勉強させタイ。そういう人的教育、人づくりが一番大事というコトネ」
――べナンの発展を、長い目で考えているんですね。ゾマホンさんは今、べナンの大統領特別顧問もつとめていますが、大統領になりたいって思いますか(笑)?
「大統領になりたいって気持ちは少しもナイ。みんなマジメにやっていれば、日本の総理大臣と、ほかの仕事をしている人の価値、同じと思ってイマス。だから、大統領特別顧問より、大統領がエライとかそんなことはナイ」
――失礼しました(笑)! 風呂なしのアパートに住んで、べナンに貢献するってスゴイですよね。
「最初はトイレも共同だったデスが、今はトイレは部屋にあるのでイイ生活してると思ってマスよ。昨日もワタシ、銭湯行ってキマシタヨ! 銭湯は広いし、テレビもあるし。私は時間があれば、ディズニーランド行くよりも銭湯で過ごしたいですネ」
■ゾマホン氏の日本観
日本の発展は、教育にある。何故ならば日本人の識字率は、100%だから。母国では考えられない。国を発展させ、先進国にするには、教育が必要不可欠である。明治時代に日本が義務教育を開始したのは素晴らしい政策だった。
江戸時代と明治時代の日本人は素晴らしい。特に外国に対して鎖国をした。それが為にヨーロッパの植民地にならなかった。また、鎖国政策をしながら、同時に教育は大事にした。それが国の発展に繋がった。
日本という国は、素晴らしい国だ。特に日本の安全は素晴らしい。外国人登録証とパスポートを持っていれば、日本全国を安心して移動することができる。ゾマホンにとって安全というのは非常に大切な事で、人間社会にとって必要条件であると考えている。 それは他の先進国でもこうはいかない。この日本の「安全さ」は何よりも価値が高い。
日本人は、欧米しか知らない。世界を知ろうという気持ちが全く無い。日本で伝わっているアフリカの情報の多くは間違いである。本当のアフリカを知ってもらいたい。日本におけるこういった間違い/事実誤認の原因は、アフリカにおける事件/事象を報道する際、しっかりと現地調査を行わず報道する日本のマスコミにあると考える。経済的にも困っておらず、技術も備わっていて力のある日本のマスコミがそれをしない現状は日本国民を馬鹿にする最低の行為である。日本人は自分たちもマスコミに騙されないよう「本当に知りたいものは、自分の目で見て確かめる」ということを忘れないで欲しいとも話していた。
自国中心に良い悪いの考え方をするのではなくて、その国の歴史文化を尊重して歩んでいくことが国際理解に
は重要だ。なにも近隣諸国との関係だけではないのだと思えた。
■ゾマホン氏の経歴
国立アボメ-カラビ大学(アフリカ文学専攻)卒業
1993年 北京語言文化大学(中国)修了(修士学位取得)
1996年 江戸川区・学旺日本語学校卒業後、上智大学大学院研究生入学
1999年 上智大学大学院博士前期課程(社会学)修了
1999年 上智大学大学院博士後期課程(社会学)入学
2001年 JCI(国際青年会議所)より「世界最優秀青年賞」受賞
2004年 ベナン共和国・大統領特別顧問就任
2012年 皇居にて新駐日ベナン国大使として、信任状捧呈。結婚。
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