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足尾銅山は田中正造が直訴したと言われる近代日本の公害の現場でもある。私は研修バスで足尾銅山の鉱毒事件が起きた場所へ議員仲間と一泊泊まりで行ったことがある。
足尾銅山の開発をすすめたのは、古河市兵衛(古河財閥)と志賀直哉の祖父だった(この事件を元に、志賀直哉は自らの葛藤を長編小説『暗夜行路』として我孫子の地で前編を書いた。)1884年に日本一の銅の産出量となったが、翌年には鉱毒被害が報道された。そこで、鉱害に苦しむ農民によって損害賠償請求(当時は原告に立証責任があったため、裁判で勝つ見込みがなかった)、鉱業取り締まりや鉱業法改正の嘆願書が毎年のように提出された。非常に長いことかかり、1974年の調停で、鉱毒問題については「終止符が打たれた」とされているが、企業側が鉱毒の影響を認めたと明言したのかは微妙だ。
未だに鉱毒ガスやそれによる酸性雨により近辺の山は禿山となっている。ボランティアによっても植林が続けられているが、いつとも果てない作業だ。こうした植林事業には莫大な資金がかかり、一度破壊された環境をもとに戻すのがいかに難しいかを示している。公害被害の現場を見て回るには、車がないと難しい。わたらせ渓谷の奥には、このような負の歴史が隠されている。
鬱蒼とした銅山近くの木立の陰に、ハングルで書かれた塔婆にも案内された。
朝鮮人労働者が過労で何人も亡くなったと説明を受けたが、一般には知らされない史実だろう。
写真はクリックすると鮮明に分かります。
(撮影:海津にいな)
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