2007年08月19日

信号機 (8月19日)

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根戸近隣センターの御祭に行きました。根戸のサンキ前に信号機を設置出来て、無事一年になりました。児童の死亡事故から、「なんとか信号機の設置を」とPTA役員のお母さんから頼まれて取り組んだことを歳月を思い出しました。
実は、この場所は大変に難しい箇所であり、約3年の地域運動をすることになろうとは、当初は思いもよりませんでした。担当の市職員に、信号機を取り付けるまでの横断旗を要請したら、「この場所で旗で渡るなどしたら、かえって死亡事故がおきる」と思わぬことを言われたりもしました。意外なことに、信号を取り付けると渋滞が始るから設置はしないでいいという声も出てきたり、地元の意見収拾をするのも困難な時がありました。実は、100程メートル先の国道6号の交差点には横断歩道と信号機があり、通常はそれほど近い所には信号機を取り付けることは滅多なことではしないのです。しかも、その信号機を渡っていく先には、50軒くらいの世帯しかなく、児童の数は多くありません。ところが、国道6号と県道関宿線のはざまの住民の多くが何かしら接触事故にみまわれたり、跳ね上げられたりしていて、ついには交差点前のお宅の小学生が死亡したのでした。地域では何度も役所に掛け合い、議員にも頼んでいたのに20年近くも埒が空かなかったので人命軽視の役所体制に悔しいかな諦め気分も半分でした。それでも、通学路として多数に使われているなら申請がしやすいのに、その条件にも十分ではありませんでした。
それほど困難な場所に、駆け出し議員の私が解決できる自信はありませんでしたが、母親として子供が跳ねあげられる経験(奇跡的に軽症で済みましたが)をしていたので、地域の人の気持ちが痛いほど分かりました。母親が役所に掛け合っても、何人も事故を起こしている場所の対策を頼んだところでナシの礫、諦めるしかなかったからでした。議員になった以上は、そうしたことの解決に尽力しなくてはと、3年間粘り強く、地域の方を励まして住民運動を続けました。
ハイテクの信号機は、県の予算の中で設置され、年間3千件程の要請に対して80本程度しか設置されません。ですから、我孫子市からの申請が受理されるのは易しいことではなく、何とか堂本知事にも認識を持っていただこうとお願いの手紙を出したりもしました。県議と千葉県警にお伺いに行ったり、設置妨害の動きがでないように気を遣ったり、一日千秋の思いでしたが、昨年の春にようやく信号が設置できたのでした。やはり人の気持ちは通じるし、多くの人たちの協力の賜物でした。
ふと、そんな事を思い出しながら、少ないとは言え夏祭りにやってくる子供たちを温かく見守る地域の人たちの姿を見られた、なぜかホッとした一日でした。
posted by Nina at 20:25| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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