上皇陛下は、若い頃から歴史学・生物学に関心を寄せられ、古代史への造詣も深いので、渡来系氏族、日本文化の形成過程についてあえて発言されたのでしょう。古代において、国境の意識がない頃でも、日本に進んだ渡来文化を積極的に取り入れ国造りされたのだと考えられます。7〜8世紀の日本は律令国家を作るため、外来知識を取り入れたのです。その知識の多くが百済、高句麗、新羅などから来た渡来系知識人でした。例えば、我孫子でも、この頃に話題になる平将門については、桓武天皇四代の皇胤であり、平氏の姓を授けられた高望王の孫であり、騎馬、製鉄の技術革新を率先したので、地域統合に繋がっていたと想像されます。
では、千葉と朝鮮の繋がりがあるのかと、県立高校の先生方とやり取りするようになり、柳宗悦の研究が私との共通項になっていたことから、2025年には日韓交流事業に協働することになりました。地域レベルでの日韓交流に長年努力してこられた高校教師の方々は、柳宗悦夫人・兼子の顕彰碑を建立したいと考えていた折りに、美崎大洋会長(当時)に話すと、「僕は韓流が好きだから、いいと思いますよ」と懇意になり、ついには『40周年記念誌』(2021年)への寄稿となりました。もっとも、先生方の記念碑設置は多忙な最中になかなか進まず、まずは我孫子市教委へ20万円程を寄附をした、とか。これまでに、高校生の韓国ホームステイ事業を続け、今回は韓国からのロングステイとなりました。
この度、我孫子を訪れ、2週間のロングステイをされた韓国の方たちによると、この頃の韓国では、「韓日歌王戦」というTV番組が視聴率一位になるほど、日本の歌が大変に喜ばれ、Youtubeで配信されていると教えられました。ネットで見てみると日本語の歌に感涙する様子もわかるのです。そして、日本では、ついに『冬のソナタ』特別編集の劇場公開映画が2026年に公開されることになっています。近くて遠い国と言われた時期もありましたが、平和で豊かな両国関係が築かれるようにと思います。
大正の時期において、柳宗悦・兼子夫妻は、朝鮮半島の美しい文物、貴重な歴史を重んじ、バーナード・リーチと共に感銘を受けました。100年前の時代にして、その時の熱量は、現在の韓流と同様に篤いもので、流石の「推し」といえます。なんと、日本文化の万葉集においても、表現の基盤に百済文化の「人的流入」も認められると言われているのですから、韓国との多文化認識を深め、隣国との友好関係がウマく行く年になるように期待しています。
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