琉球藩那覇西村(現在の那覇市西)に父普済・母マツルの長男として生まれる。1903年(明治36年)、第三高等学校を卒業後、東京帝国大学で言語学を専攻する。帝大では、橋本進吉、小倉進平、金田一京助らの学友とともに、新村出の講義を聴講した。1904年(明治37年)、沖縄に帰省する伊波は鳥居を沖縄での人類学調査に誘い、鳥居は伊波の実家に数日滞在して調査を行った。1906年に東京帝国大学文科大学文学科を卒業すると、帰郷し、沖縄県立図書館の館長を務める傍ら、沖縄研究資料の収集に尽力した。歴史学者の比嘉春潮とともに、エスペラント学習活動を、教会では聖書の講義などを行った。弟の伊波月城は、沖縄毎日新聞の新聞記者として文明開化のために活動した。
学問の領域は、沖縄研究を中心に言語学、民俗学、文化人類学、歴史学、宗教学など多岐に渡る。その学問体系よって、後に「沖縄学」が発展したゆえ、「沖縄学の父」とも称された。
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