そうして、倒幕後、文明開化、鹿鳴館では、舞踏会も開かれた。その場所は、今は霞会館となっている場所にあった。
国際コーテシーのお手本が、当時の趨勢は米国でもフランスでもなく英国だった。けれど、21世紀になってその判例に従うと最長国は日本ということになり、長年の歴史があることに敬意が払われる国だったのは、歴史書の保存が綿密にされた事で証明がされた。どの国にも類をみない精度の歴史ある希少な例であったからだ。
今さら、国体などという古着を引っぱり出す必要もない筈のNewJAPANの時代だけれど、それでも愛子さまがラオス訪問でお召しになったキモノも歴史が織りなす凄さであり、分かる見れば、意味の深さが分かる筈のものだった。織りなしてきた歴史の襞とは一朝にして成せるものではない。分かる人しかわからない、時代がそぐわないと「ガラパゴス」化となる危さもあるけれど、現代の国体に朗らかにつながって解釈されればいいのであろう。
それは、「君が世」は帝の代ではなく、君の代だからだ。
今のみんなは、そう思って歌っているのだろう、
解釈とは訳す人の意識と時代によって見え方が変わる。
この歌は、もともと平安時代の和歌に起点があったのだそうで、「小さな石が苔むすまでの長い時を、君(大切な人)の時代が続きますように」という、「君」とは恋人や大切な人を指していたと言われてる。 つまり、「あなたの命が、千年も八千年も続きますように」という、愛する人への願いだったらしい。すごくロマンチックで穏やかな願いが込められてる。
日本語は主語を明確にしない、言語で客体が何かを想像させたりして、それを受け止めたひとが美しく考えるかどうかが、キモ(貴い)だという語性がある、厚かましくないことが尊さであるという傾向がある、と思う
万葉集の素地があると、そうかなとも思えるけど、この歌が明治時代に国歌として採用されたとき、国家という意識の背景には、 天皇や国家への祈りが強くあって、「君」は天皇を象徴する存在とされて、国家の安定や繁栄を願う歌として解釈されて歌われた。英国国歌がその例になったからでしょう。
だから、今風に主語をとると 英訳は次のようなことになるかと思う
Your world may continue
for a thousand, eight thousand generations,
Until the pebbles grow into boulders lush with moss.
この訳ではなく、昭和の石原都政では
May your reign
Continue for a thousand, eight thousand generations,
Until the pebbles Grow into boulders Lush with moss.
と謳わされていたので、悩んで口ずさむことができず
教職を追われたりした社会科教師もいたという
時代が変わると解釈も変わる
そしてその時代の体制をにぎるリーダーが
人々を想うより我が身を優先するし、周囲の歯止めがないと
不幸なことが起きてしまうというのを止める事にならず
歴史はなんの役にも立たないことになってしまう
考えよう、そして、ちょっとでも声にして行動してみよう
「君の代」が八代にあるために
今の時代は、国によって戦に向かわせる時代ではなく
私たちが平和の使途を送れる世代を持つのであり
私たちの半分が男だけで、
考える力や発言する術を持っているのだから
【関連する記事】
- ウマく行くにはリスクを恐れない
- 国連標語の一つ「観光は平和へのパスポート」
- 『反日種族主義』、日韓で賛否
- 地震に対応、ウマく行きますよう
- 読書した時はメモ
- 新春 押しの一手
- 市制55周年、日韓国交正常化60周年、戦後80周年を振り返る
- 2026年へ、平和への祈り
- そして、来年にも「冬ソナ」再々再々再々放送!?
- ラムザイヤー教授へ、韓国内で擁護の動きも
- 731部隊に関する新たな機密文書が公開に
- 米共和、民主両党の議員が、中国を非難、日本支持
- 安青錦新大の日本語も達成最速
- “HIKARISM”をハリウッドへ
- 日本にある伝家の宝刀
- 沖縄額の祖、伊波普猷
- 高市氏にも変化の兆し
- 中国の誤認識の元は「柵封」関係にあるのか
- マンネリは敵だそうです
- ときめきのドーパミン作用


