《生まれては 死ぬるなりけり おしなべて 釈迦も達磨も 猫も杓子も》(一休宗純)
一休和尚が残した、生死と人生の本質を述べている素晴らしい言葉です。頓智とんち)の「一休さん」として小坊主のころより頭角を現していたが、一休宗純禅師は、実は毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい人物です。
理由の一つは、師である大徳寺の華叟宗曇禅師を口をきわめて批判したことです。もう一つは、晩年に盲目の森女という美女を愛し、それを詩にしていることです。彼が詠んだ次の歌も、やはり人生の本質をストレートに示しています。
《何事も みないつわりの 世の中に 死ぬるというぞ まことなりける》
人は結局みな死ぬのだと思うと、敗北の屈辱も失敗の痛みも、そう苦しくなくなります。
私もたくさんの嫌な目にあいました。
とくに青春時代は、心を傷つけて平気でいる 先輩たちに対して、怒りや憎しみに震えたこともしばしばあったのです。
しかし、彼らも今はみな亡くなっています。文句のつけようもありません。死がすべてを清算してしまいました。
そんなこと、あんなことをすべて飲み込んでしまうのが死です。
傷つけた人も傷ついた人も、勝った人も負けた人も、この世から消えてゆきます。
死はすべてを始末する因縁の取り決めのようです。因縁の法則によれば、この世で私たちがしたこと、されたことはだいたい清算され、貯金も「苦しみもなくこの世を終わる」ことで支払われるのでしょう。
高田明和氏は「魂をゆさぶる 禅の名言/双葉社」の中でこんなことを記している。
『朝比奈宗源(あさひなそうげん)老師の知り合いの僧がある寺に住持していました。彼は博打が好きで、村の人の集まりで博打をやって負けて帰ってくると、 「あいつもやがて死ぬやっちゃ」と独り言をいっていたということです。』
宗源老師が、博打好きな僧侶を「あいつも、しかたのないやつだ」としみじみと言った言葉。「はらわたの煮えくり返ることを言われた人」も、「怒りに打ち震えるような仕打ちをされた人」も「あいつだけは許せない」、「あの人は嫌いだ」と思った人も、100年経てば、この世には誰もいない。まさに、「あいつもやがて死ぬやっちゃ」。
なんか、皆いずれ終わりがあるってことが真理なのです。
『一瞬で不安をしずめる 名言の知恵』浜松医科大学名誉教授・高田明和(成美堂出版)
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