アイルランドはイギリスの西に浮かぶ島国で北海道よりやや小さい。山はあるものの最高峰でも約1000mなので、平地が多く、鉄道はその平地をまっすぐ走るので、高速鉄道はないものの、鉄道は概して迅速だ。鉄道は首都ダブリンを中心に南北方向と西への路線がある。旅行先を選ぶとき、治安の良し悪しは重要なポイントである。アイルランドは嘗て爆破事件などの抵抗運動が続いていたが、今は昔の話で、治安の悪さから緊張するような場面は日常にはない。日本国内旅行と同じくらいの緊張度で旅ができる数少ない国だと言う人もいた。
北へ向かう路線は北アイルランド(イギリス)のベルファスト行きが多く、この列車は国際列車となる。南へ向かう列車はロスレア行きで、ロスレアは海に突き出したような地勢なので、イギリス、フランス、スペイン行きのフェリーが出る。西への路線は第2の都市コークほか、途中で枝分かれしてリムリック、またヨーロッパ最西の観光地といわれるゴールウェーなどへの路線がある。ダブリンから南北地域へはダブリンのコノリー駅を、西へはダブリンのヒューストン駅が起点となる。これらはアイルランド国鉄が運行し、長距離幹線は複線であるが、全線が非電化路線である。
長距離車両は、ダブリン―ベルファスト間、ダブリン―コーク間といった幹線の看板特急はアメリカ製ディーゼル電気機関車が客車を引いたり押したりするタイプ、全土を走るインターシティは韓国製(台車は日本製)である。幹線の普通列車はスペイン製が多いが、ローカル線はほとんどが日本製ディーゼルカー、さらにDARTは全列車が日本製電車である。なおトラムはフランス製となる。
日本ではあまり馴染みのない鉄道であるが、意外にも多くの日本製車両が活躍し、韓国製インターシティ車両はいわば主力である。目立たない存在ではあるが、アイルランドの鉄道はアジア勢が筆頭の勢力となる。
首都ダブリン近郊にはDART(Dublin Area Rapid Transit)という近郊電車があり、通勤以外に、観光地への足として重宝されていて、郊外にある港町ホウス、古城のあるマラハイド、やはり海沿いの保養地ダンレアリーなどを結んでいる。海沿いを走るため、都市近郊路線だが車窓が美しく、こちらは電化している。
ダブリン市内には「ルアス」という新型トラムがある。このトラムは前述のコノリー駅からヒューストン駅などを結んでいるほか、市内観光にも最適である。2路線あり、レッドラインは7連接車、グリーンラインは9連接車で運行する。
切符は「ユーレイルパス」のアイルランド版、3日間シニア料金134USドル(2万0770円)を利用できる。アイルランド版ではあるが、北アイルランド(イギリス)も含まれていて、島全土で利用できるので、ダブリン―ベルファスト間の国際列車なども利用できる。
ヨーロッパ各国の鉄道には、全車指定席の列車もあり、「ユーレイルパス」があっても指定席券購入が必要な列車があるが、アイルランドには全車指定の列車がないので、すべての列車がパスだけで利用できる。
割引運賃を探すのも旅の楽しみである。「ユーレイルパス」3日間用があるが、現地でもう1日、鉄道を利用したくなっら、券売機をいろいろ操作してみると、普通運賃は割高ながら、「Day Return」という日帰り限定の割引切符も利用できる。
首都ダブリンの市内交通は、「リープ・カード」というIC乗車券利用が一般的であるが、「リープ・ビジター・カード」という乗り放題カードもある。「ビジター」とあるので観光客を意識したパスである。24時間、72時間、7日の3種があり、トラム、先述の近郊電車DART、路線バスが乗り放題となる。購入場所はコンビニが一般的だ。
筆者は7日券33ユーロ(5280円)を利用した。空港バスは利用できないが、路線バスには空港路線もあるので、乗り放題エリアには空港も含まれる。空港到着時に空港内のコンビニで購入したので、空港から市内へ向かう時点から利用できた。1日分の交通費が日本円で1000円に満たないので、お得なカードであった。このカードがあれば、ダブリンエリアの移動は万全である。イギリス方面へ向かう港への路線バスにも有効だ。
ヨーロッパは全般に宿泊費や食費は高額であるが、交通費は日本よりむしろ安く感じる国が多い。前述の「Day Return」切符、「リープ・ビジター・カード」などをうまく利用すれば、公共交通機関を利用した旅は意外なほど安上がりとなる。
いっぽうで、同じヨーロッパでも高福祉国家の北欧ではシニア料金が充実していたが、アイルランドでは、少なくとも券売機を操作した範囲にはシニア世代向けの大幅割引はなく、国によって高齢者優遇の度合いが異なるようである。
IC乗車券「リープ・カード」もうまくできていて、観光客にもおすすめである。ICカードに、1日に引き落とされる金額の上限があることは2024年7月2日付記事(将来の北海道?「ニュージーランド」鉄道の実態)で紹介したが、アイルランドでも同じ仕組みであった。1日の上限だけでなく、1週間の上限、1日の上限も平日と週末で金額が異なるなど、何かと利用者本位にできていた。日本のように乗った区間、すべてがまるまるいくらでも引き落とされるという仕組みでしかないのは、世界では少数派なのではないかと感じる。
鉄道ファン的に興味深いルートもあり、首都ダブリンからフェリーで対岸のイギリス・ウェールズのホーリーヘッドに渡ることができる。乗船時間は3時間なのでかつての青函連絡船より少し短い。ホーリーヘッドでは港と駅が隣接し、マンチェスターやロンドン方面行きの列車が出る。
ダブリンを朝出発、フェリー、ロンドン行き特急列車と乗り継ぐと夕方にはロンドンのユーストン駅に到着する。この特急列車は日立製の電車である。ホーリーヘッドへの路線は非電化なので、パンタグラフを下げてエンジン発電モーター駆動で出発し、電化区間へ入るとパンタグラフからの集電で走行する。日本では味わえなくなったフェリーと列車を乗り継ぐ旅ができ、最新技術の日本製車両という部分も見逃せないだろう。
前述の通り、アイルランドの鉄道車両は輸入に頼っている。「他国のものを購入したほうが手っ取り早い」ということであろう。かといって、鉱物資源や農産物などの輸出品が豊富ということでもない。ではアイルランドはどうやって稼いでいるのだろうか。交通の分野でもアイルランドには長けた部分がある。
アイルランドにはヨーロッパ最大の格安航空会社ライアンエアーがある。日本的に考えると、アイルランドの航空会社なので、アイルランド国内とアイルランド発着の国際線を運航していそうだが、実際はアイルランドと関係なくヨーロッパ中を飛び回り、路線網は北アフリカや中東にまで広がっている。EU経済統合で、域内であれば、EUの航空会社は国籍を問わずどこでも自由に飛べるルールを活かして成長した。
300機以上のボーイング737を飛ばし、イギリスのEU離脱後も、イギリスにライアンエアーUKを設立、路線網拡大のためポーランドやマルタにも子会社設立、オーストリアでは既存航空会社買収などで、現在はグループ全体で600機近くを運航している。
運賃は、物価高のヨーロッパにおいて驚くほど低価格で、たいていの区間で空港まで、空港からのアクセス交通のほうが高くなるくらいである。ただし、日本からの乗り継ぎなどで利用する際は注意が必要で、どんな理由があろうとも遅延時のケアーなどは一切ない。
ヨーロッパ内では、地球温暖化対策のため「鉄道で行ける範囲はなるべく鉄道で」という対策が取られているが、現実的には、運賃面で鉄道はライアンエアーなどの格安航空会社に対抗できないというジレンマがあるほどである。
航空機のリースも盛んである。日本へ乗り入れていたイタリアのアリタリア航空は破綻し、現在はITAエアウェイズとなったが、日本便に使われているエアバス機はアイルランドのリース会社から調達されている。機体にはイタリア国籍を表す記号ではなく、アイルランド国籍を表す記号が記されている。破綻した航空会社を引き継いだ会社でも最新鋭機を運航できるのは、機体購入ではなくリースにしているという部分が大きい。
出典 東洋経済オンライン
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