2005年(平成17年)11月17日に国土交通省が千葉県にある建築設計事務所の姉歯秀次一級建築士の構造計算書を、偽造していたことを公表したことから、姉歯事件と呼ばれる一連の事件が明るみに出て社会を騒然とさせました。姉歯事件は別名「構造計画書偽造問題」「耐震偽装問題」ともいわれます。住宅販売では耐震設計は必須となります。すでに1981年に建築法改正が行われ、建物は震度5に耐えるように設計されることになっていました。
もっとも、外見からは基準値を満たしているかどうかわかりません。設計の段階で、国土交通大臣認定構造計算ソフトウェアの計算結果から、ビルの構造が震度に耐えられるかどうかを判断します。姉歯事務所では、この計算結果の偽装を繰り返し、ビルを建築を安く請け負って販売していたということです。当時も検査はありましたが、指定確認検査機関は、提出された構造計算書の偽装改ざんを見抜くことができませんでした。その結果、建築が承認されてしまい、これが大問題となりました。もちろんその後、姉歯が関わった物件は取り壊して立て直しされましたが、生活を始めていた居住者は不信感を募らせ、建て替えの間に引っ越しをするため、多大な不自由、損害を受けることになりました。行政からの依頼も受けて公共施設にも関わっていたので、県内外で姉歯が関わった建物、姉歯以外でも建築ブームにのって偽装構造計算をしていなかったかと、構造計算書の見直しがされ、本題が発覚して建築事務所は罰せら、再度やり直しを求められました。
福岡県西方沖地震は、同年3月20日午前10時53分に福岡県北西沖の玄界灘で発生した気象庁マグニチュード7.0(Mw 6.7)、最大震度6弱の地震。震源に近い福岡市西区の玄界島で住宅の半数が全壊する被害となったのをはじめ、同区能古島、西浦、宮浦、東区志賀島などの沿岸地区で大きな被害となった。死者1名、負傷者約1,200名、住家全壊約140棟。福岡市付近では有史以来もっとも大きな地震とされた。
議員になった最初の年から、駅頭を毎朝の活動としていた。一年経たない2004年10月23日に新潟県中越地震がおきた。地震の規模(M):6.8 被害:死者68、負傷者4,805、住家全壊3,175、半壊13,810 最大震度:7だった。この時は、福岡の場合より親戚、縁者が多くいた我孫子でも、駅頭の際に配ったレポートに地震のことを書いたので反応も大きかった。そして、それから半年過ぎないうちに、福岡の地震だったから、市民会館の耐震化不測の報告書が回って来た時に、海津にいなは度々、安全性の問題を追及した。結果、閉鎖となるなら、初めての予算委員になった際に、市民会館の基金を作るようとも要求した。
市役所庁舎の耐震化について、どうするかと話が出たのは、当然だった。こちらには構造計算書が保管されていたが、市民会館は元ボーリング場であった建物が庁舎の手前、船取線に面した場所にあったのをリノベして市民会館としたもので、購入時に構造計算書などの確認は不備だったということになる。当座、県の福祉センターが開所して、551席の集会施設は確保できるということで、維持管理費を捻出するよりは売却する話になっていきました。
海津にいなは、職員の日々の業務を行う庁舎について、建て替えに時間をかかるような事があると職員、来朝者の人命も守れないので、筋交い工法で補強するようにと提案した。甲斐あって、早急に安全を図れ、しかも、構造補強のためのコストも縮減できました。この話は、市民会館の建て替え費を捻出できるようにと、考えての調査の中で得た耐震建築の情報でした。しかし、多少は浮いたはずの金額は、市内小中の校舎、体育館の耐震化に投入されていき、そのうちに空調設備、トイレ改修の予算にと使われていくことになりました。
暫定的使用の県福祉センター「ふれあいホール」は、我孫子市の市民ホールのような使用状況になっていき、今や市の施設ではないなどと思っている人は、今では我孫子市のボランティアとして市内の各公共施設に詳しい人に限られるでしょう。
2024年01月15日
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