一方、中国はすでに65歳以上の人口が総人口に占める割合が14パーセント以上となる「高齢化社会」に突入している。ちなみに、65歳以上の人口は、2021年末:2億56万人(総人口に占める割合:14.2パーセント)、2022年末:2億978万人(同14.9パーセント)であり、わずか1年で65歳以上人口は922万人も増加している。この数字は今後も継続して増大して行くはずであり、出生人口の減少との相乗効果で総人口の減少は不可避であり、生産年齢人口(15〜64歳)の減少とも相まって国力の減退は避けられないのである。
2022年に中国の人口総数は幾分下降したが、その要因は出生人口の減少にあった。第一の要因は出産可能女性の持続的な減少であった。2022年に中国における15〜49歳の出産可能女性は2021年に比べて400万人以上減少したが、その内の21〜35歳の出産最盛期にある出産可能女性は500万人近く減少した。第二の要因は出産レベルの継続的な下降であった。出産観念の変化、結婚・出産の先延ばしなど多方面の要素の影響を受けて、2022年における出産可能女性の出産レベルは継続的に下降した。
そこで、中国は法改正して、子供を出産した人は誰でもいかなる制約を受けることなく出生届の手続きすることが可能ということに改正する。四川省衛生健康委員会は「出生届」だけに言及していて、あえて「戸籍」とは言っていないが、「澎湃新聞」が述べているように、改正後は子供が生まれた人は既婚・未婚を問わず、子供の出生届を手続きしさえすれば、自動的に戸籍も与えられるということである。これまでは未婚で出産した者は犯罪者同様に扱われて出生届の受理は困難を極めたし、子供の戸籍を取得するには厳しい条件が課せられたから、無戸籍の子供が多数存在したのだった。
2016年には1組の夫婦に無条件で子供を2人まで容認する「両個孩子政策(二人っ子政策)」が開始された。この結果、2016年の出生率は2015年の11.99パーミルから1.58上昇して13.57パーミルになったが、同政策の効果は2016年だけに留まり、2017年以降の出生人口は年々さらに減少した。
深刻化する出生人口の減少傾向を抑制すべく打ち出されたのが、2021年7月に発表された「三個子女政策(三人っ子政策)」であった。同政策は1組の夫婦に子供を3人まで持つことを許容すると同時に子供3人の家庭に補助金を含めた各種優遇措置を講ずるというものであった。
中国政府は三人っ子政策が大きな効果を発揮するものと大いに期待を寄せていたのだが、それは肩透かしに終わったのだった。三人っ子政策の実施から1年後の2022年の出生人口は上述したように956万人となり、前年(2021年)の出生人口より106万人も減少したのだった。この結果として、2022年の人口自然増加率はマイナス0.60パーミルとなって、1960年のマイナス4.57パーミル以来62年振りにマイナスを記録したのだ。
新中国は1949年に成立した。その時代に未婚女性の妊娠は不道徳なことと考えられていた。一般の家庭は夫婦共稼ぎであり、子供たちはそのほとんどが「鍵っ子」であったから、色気づいた中学生や高校生が両親不在の昼間に好きな異性を自宅へ連れ込んだ挙句、いつの間にか男女関係に発展してしまうことがよくあった。
当時の社会は「性」がタブー視されていたから、中・高校生を含む多くの若者が性については無知で、性行為を行えば妊娠する可能性があることを知らなかったし、ましてや避妊の方法など知る由もなかった。この結果、中学・高校の女子学生が妊娠してしまい、堕胎を余儀なくされることが多々あった。
そんな場合に医院の医師や看護婦たちは堕胎する女子学生を不道徳者として見下し、堕胎手術を乱雑に行い、麻酔なしで掻把(そうは)をするなどして、後々に妊娠不能となるような傷跡を母体に残すことも多発したようだ。筆者の妻は1986〜1989年に帯同家族として北京市で駐在していたが、堕胎のために医院を訪れた女子学生が意地悪されているのを何度も目撃したと言う。
一つの例であるが、北京駐在中(1985〜1990年)に部下であった中国女性は入社早々の22歳で結婚したが、図らずもわずか数か月で妊娠した。それは彼ら夫婦にとって予想外の望まぬ妊娠だったので、すぐに堕胎して事なきを得た。彼らは避妊の知識は皆無で学校では性教育を受けることは全くなかった由であった。
今回、「未婚の出産による新生児の出産届を受理すると同時に戸籍も与える」という四川省を始めとする5省の試みは画期的な政策と言えるが、それでも減少を続ける中国の人口が未婚出産によって増加に転じるとは考えられない。
中国は長期にわたる一人っ子政策の実施の後に、二人っ子政策、さらには三人っ子政策を実施することで、出生人口の減少に歯止めをかけようと必死にあがき、遂には未婚出産を容認するまでの譲歩を余儀なくされたのだった。しかし、どんなに中国政府が出生人口の増大を図ろうとも、子供一人を育てるだけでも経済的余裕のない階層が大多数を占める中国国民が政府の思惑通りに子供の出産に励む可能性は極めて小さいと思わざるを得ない。
なお、中国の性別構成を見ると、男性人口は7億2206万人、女性人口は6億8969万人であり、男性人口は女性人口よりも3237万人少ない。総人口に占める性別比率は女性を100とすれば、男性は104.96であり、男女比率は男性51.15パーセントに対して女性48.85パーセントである。
そこで、中国の人口専門家である易富賢(いふけん。米国ウィスコンシン大学マディソン校の研究者)氏は、子供の出産届や戸籍といった出産権の確立だけでは不十分であり、成長させるための保障が必要だと述べている。氏によると、今後中国が出生率を上昇させることは困難であり、未婚出産の比率を高くすることはできないだろうと述べている。なぜなら、「中国は目下のところ出産環境が劣悪であり、人々は生活の拠り所が安定しない状態にある。現状では二人親の家庭でさえも子供2人を養うのが困難なので、片親家庭の母親は子供1人さえ養うことは無理なだろう。その背景は、中国国民の可処分所得はGDP(国内総生産)の44パーセントを占めているに過ぎないが、国際社会では国民の可処分所得はGDPの60〜80パーセントを占めている。そして、中国の不動産市場総額はGDPの4倍だが、米国は1.6倍、日本は2.1倍に過ぎないし、教育コストも中国は非常に高い。とても、一人親で子供を育てるなど、法が変わっても少子化歯止めにはならないだろう。」と述べている。
参照 現代ビジネス
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