2017年、ハリウッドの映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインが数十年に及ぶセクシャルハラスメントで、ニューヨーク・タイムズ紙が告発記事を掲載したことから #MeToo運動 は一気に世界的注目を集めた。セクハラ、性暴力への批判の矛先は今回、芸術界の巨匠にも及んだ。研究者は高名な芸術家ピカソの闇の部分を表に出そうとしている。
昨年12月、ドイツのBBCといわれるドイツ国際公共放送のウェブサイトにインド出身のジャーナリスト兼編集者のマナシ・ゴパラクリシュナン氏が寄稿した論文が掲載された。その内容は、ピカソの病的ともいえる野獣のような女性支配欲は無視できず、女性蔑視、女性を侮辱する態度を続けたことを「有毒な男らしさ」としての見直しが必要との主張だった。
◆ルーブル美術館では初の女性館長が誕生
2017年にはアメリカのメトロポリタン美術館に対して、展示されているフランス人画家バルテュスの「夢見るテレーズ」が下半身下着姿の少女を描いた作品だったために不適切と批判された。ニューヨーク在住の起業家ミア・メリルが展示を差し止めるよう、1万1000人の署名とともに嘆願書を出した。
嘆願書に対して世論は「魔女狩り」など批判的反応が多く、最終的に美術館は要求を拒否した一方、有益な問題提起だったと付け加えた。
フランスの美術界は今、明らかに意図的に女性に注目している。それも美の対象としてではなく、美のクリエーターとしての女性の活躍に光が当てられ、さらに美術館トップに女性が起用され、まさに時代の転換期を示し、芸術界の女性への熱い眼差しは過去にないレベルに高まっている。
2021年9月、世界最大規模のパリのルーブル美術館の館長にロランス・デカール氏が就任。彼女は、すでにパリのオランジュリー美術館、オルセー美術館の館長を務めたキャリアを持ち、文化遺産の国際協力担当相に就いたジャン=リュック・マルティネス館長の後任となった。大改装後のルーブルで若者にも魅力的な美術館づくりに取り組んでいる。
同じく2021年、フランス元老院(セナ)が所有するパリのリュクサンブール美術館では「女性画家、1780年―1830年」展が開催された。大革命前のアンシャンレジーム期の最後の十数年間、女性画家は前例のない注目と同時に男性王室画家らの抵抗の中にあった。その中心にいたのがマリー・アントワネットの肖像画家として知られるエリザベート=ルイーズ・ビジェ=ルブランで、同特別展の中心に据えられた。
同展のタイトルが「闘いの起源」とされていたのは、文字通り男性中心の美術界に女性が進出する闘いの起源を探る展覧会だったからだ。大革命を前後して数奇な運命をたどった女性画家たちは皆、苦労の連続だったし、男性と同格に扱われることもなかった。この展覧会がフランス美術界に転機を与えた。
2022年に入り、同じリュクサンブール美術館では、19世紀の終わりから20世紀初頭に活躍した女性画家たちの役割に焦点を当てた「パイオニア 狂騒の20年代のパリの芸術家」が開催された。フランスの芸術界が近年、いかに芸術と女性の関係を丁寧に再考しているかを物語るもので、フランスが解放感に酔いしれた狂騒の19世紀末から20世紀初頭が舞台だった。
時は世界中の才能あふれる芸術家たちがパリで制作にしのぎを削ったエコール・ド・パリの時代、活気に満ちていた芸術界にはシュザンヌ・ヴァラドン、タマラ・ド・レンピッカ、ソニア・ドローネー、タルシラ・ド・アマラルなどの先駆者たちが、パリの美術学校を通過し、芸術家として認められ、スタジオ、ギャラリー、出版社を所有した。
フランスで女性が自ら選ぶ権利を行使した最初の時代であり、美術学校の講座で裸体を表現したのは女性だった。同展の説明では彼らは自分たちに課せられたセクシュアリティによる伝統的義務を抜け出し、結婚するか否かを含め、体当たりで選択の自由を主張したフランスで最初の女性パイオニアだった。ただ、彼女たちは巨匠の仲間には入らなかった。エコール・ド・パリの主役には、せいぜいマリー・ローランサンが入ったぐらいだった。フランスで女性参政権が認められたのは1945年だったことを考えると、女性芸術家たちの登場が社会を変えるまでに40年はかかったことになる。
フランス人美術商のオードブラン氏は「女性の作品は紹介しないのではなく、そもそも圧倒的に数が少ない。一方で女性が美の対象として男性の権威に支配されてきた歴史は否定できない。これからは、未成年者を性の対象とする作品、男性による強制的支配をうける女性をテーマにした作品は批判の対象になるだろう」と述べている。
出典 東洋経済オンライン
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