アンヘル・ゴンザレス図書館長は地図を見せつつ「1730年代の大韓民国朝鮮半島の地図だが、韓国人にとって最もしっくりくる記録ではないかと思う」と述べた。スペインに、1730年代に作成され、独島(ドクト)が朝鮮領土として描かれた「朝鮮王国全図」が残されており、地図をまじまじと見ることになった。
「朝鮮王国全図」は、西洋人が作った朝鮮の地図の中でも現存する最古の地図として知られている。18世紀フランスの地理学者で地図製作者のジャン・バプティスト・ブルギニョン・ダンヴィルは、当時の中国の実測地図である「皇輿全覧図」を参考にして、中国とその周辺地域を表した「新中国地図帳」を発行したが、「朝鮮王国全図」もここに含まれる。「朝鮮王国全図」はスペイン上院図書館が所蔵している。
地名は中国語式の発音表記に従っているが、独島を指す于山島(ウサンド)を千山島(チョンサンド)と混同して「チャンチャンタオ(Tchian Chan Tao)」と表記しており、于山島と鬱陵島がいずれも朝鮮の領土であることを明確に表示していると大統領府のパク・キョンミ報道官は説明した。
文在寅大統領は、眼鏡を外して地図を注意深く観察し「独島が韓国の領土であることを示してくれるとても大切な史料と言える。とても大切な資料を見せていただいて感謝する」と述べた。
文大統領は上下両院合同演説を終えた後、マリア・ピラール・ヨップ・クエンカ上院議長、メリチェル・バテット・ラマーニャ下院議長とともに図書館を訪問した。
出典:イ・ワン記者、マドリード/共同取材団(6/16)
(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
追記1
日本政府によると、「日本が初めて国家として竹島の利用を認めたのは、江戸時代、17世紀初め。日本は、遅くとも17世紀半ばには、竹島に対する領有権を確立しました。」とあるので、スペインがアジア諸国を航海順に地図にしたことを考えれば、そのような把握もあったかもしれない。日本にはポルトガル商船の漂着(1954)してきているので、ポルトガルにもこのような地図が出てくると興味深い史料となるのだろう。すでに1581年から1640年までは、スペイン王がポルトガル王を兼ねていたが、ポルトガルの統治機構などは維持されていた。
追記2
ポルトガル・スペインは奴隷貿易を盛んに行い財力を増していった時代だ。Wikipediaによれば、日本人も相当数の奴隷として売りさばかれて、黒人奴隷と同様の苦界に落ちていたとの説明がされていた(下記):
天正10年(1582年)ローマに派遣された天正遣欧少年使節団は、モザンビークや欧州など世界各地で多数の日本人が奴隷の境遇に置かれている事実を目撃し衝撃を受けている。豊臣秀吉の言を伝える『九州御動座記』には、「バテレン(キリシタン)どもは、諸宗を自分達のキリスト教に引き入れ、それのみならず男女数百の日本人を黒舟へ買い取り、手足に鉄の鎖を付けて舟底へ追い入れ、地獄の苦しみ以上に、生きながらに皮をはぎ、あたかも畜生道の有様である」との記述がある。
【関連する記事】