

桜の季節になると「深山の桜」の事を思い出す、それは人里はなれた山奥にある桜の木のこと。
桜の木が小さな頃は、まだだれも気付かないのだが、それがだんだんと大きくなるにつれ、その桜を見ようと、人がやってくるようになる。
やがて、何もない山奥に、その桜木に向かう細い道ができる。
そして、何年もたつと、大木となったその桜を見るために、道は広くなっており、その周囲に出店もできる。
桜は自ら一つの宣伝せずとも、自ら動かずとも、魅力が備わって、多くの人が集まってくる、ということだ。
しみじみと感じさせる魅力。そのものに深い魅力があれば、あれやこれや仕掛けを多くする必要はない。
宣伝しなくても、口づてに市役所裏手の桜の園の美しさが人づてに伝わり、人々が見物にやって来る場所になっている。
ここは我孫子の「深山の桜」のようだ。
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