2021年01月04日

全盲聾唖者、希望の光

福島智(東京大学教授)さんは、兵庫県神戸市出身。生後5ヶ月で眼病を患い治療するも3歳で右目、失明.翌年,眼球摘出.9歳で左目を失明、全盲となった。視力を失っても音の世界がある、耳を使えば外の世界と繋がることができると考え、実際、音楽やスポーツや落語に夢中になっていた、という。

だが、さらなる過酷な試練が全盲の少年を襲う。14歳の頃から右耳が聞こえなくなり、18歳、高校2年の時に残された左耳も聞こえなくなってしまったのである。18歳までの音の記憶が残っており、自分の声を聴くことはできないが、よどみなく口で発話する事ができる。実際、講義や講演会でも発声して話している。神戸出身のため日常生活では関西弁を話す。また、ピアノの演奏も行う。

そんなある日。母親の令子さんが福島さんの指を点字タイプライターのキーに見立てて「さとしわかるか」と打った。
「ああ、わかるで」と福島さんは答えた。母親のこの指点字は壮大な転機となった。

母の考案した指点字を使い会話とコミュニケーションをはかる。指点字は全国の盲ろう者に広く知られ、盲ろう者のコミュニケーション手段の新たな選択肢となる。盲ろう者として日本で初めて大学へ入学(東京都立大学 (1949-2011)、同級生たちが、指点字を覚えてくれた。その後、福島さんは指点字を使える人々を自分で養成しながら自分自身の道を切り開いて前進していった。金沢大学教育学部助教授、東京大学先端科学技術研究センター准教授を経て現職。1995年に手話通訳士の光成沢美と結婚。福島さんが、自分の人生の2割は物を探すのに浪費されていると嘆くが、妻もまた仕事を辞めて夫の指通訳をする日常で、生活・通勤・講義とすべてを担って、懸命にがんばる夫の姿に、自分を鼓舞して頑張り続けてきたけれど、それもとっくに限界点を超えていて、うつ状態に。
2005年、適応障害と診断される。以後、再発を繰り返している。2008年に出演したNHK「課外授業 ようこそ先輩」『みんな生きていればいい』の回は日本賞グランプリおよび「コンテンツ部門 青少年向けカテゴリー 外務大臣賞」を受賞。現在は、東京大学でバリアフリー論、障害学(Disability Studies)の研究と教育に従事する一方、盲ろう者を含めた障害者の福祉増進を目指す社会的活動に取り組む。2015年に本間一夫文化賞を受賞、20歳以上年下の指点字通訳者と再婚している。

福島さんは真っ暗な宇宙空間から、指点字によって人間の世界に戻ってきたと、感動を福島さんは詩に綴っている。


【指先の宇宙】

ぼくが光と音を失ったとき

そこにはことばがなかった

そして世界がなかった

ぼくは闇と静寂の中でただ一人

ことばをなくして座っていた


ぼくの指にきみの指が触れたとき

そこにことばが生まれた

ことばは光を放ちメロディーを呼び戻した


ぼくが指先を通してきみとコミュニケートするとき

そこに新たな宇宙が生まれ

ぼくは再び世界を発見した


コミュニケーションはぼくの命

ぼくの命はいつもことばとともにある

指先の宇宙で紡(つむ)ぎだされたことばとともに



この詩の意味するものは大きい。

福島さんだけではない。すべての人の命は言葉とともにある。
言葉のないところに人間の命はない。

福島さんは身をもって、そのことを私たちに示してくれている。
同時にもう一つ大事なこと、絶望の淵から人間を救うのは言葉である、ということ。
どのような人生の難関も言葉という通行証をてにすることで、乗り越えることができる、ということ。
そのことをこの詩は私たちに教えている。

福島さんには4つの特質がある、1つは非常に明るいこと。2つはユーモアがある。3つは常に人に何をか与えようとしている。そして4つは、自分が主語の人生を生きている、ということ。

この4つの資質こそ、福島さんをして、普通の人なら絶望してしまいかねない人生の難関を越えさせた秘訣ではなかろうか。



『二度とない人生をどう生きるか』致知出版社
指点字.pdf
福島さんを得た東大先端研は、指点字通訳者5人、全盲の研究者2人、全ろうの研究者1人を含むスタッフ10人という福島研究室を作り上げた。福島さんの研究者としての活動は先端研雇用のスタッフによって支えられるようになり、妻・光成さんは他の盲ろう者の通訳、アメリカ手話や英語の勉強などをしている。工学系の研究センターである先端研が、こうした研究室を誕生させたこと自体が、前例のない高齢化社会、バリアフリー社会を向けてどのような研究を行っていくのかを鮮明に示すものとして興味深い。

金沢へ行った友人が光成さんから聞いたという「私も飲むのは好きだけど、酔うと通訳できなくなるので控えている」とのこと。夫婦げんかを別の通訳者が通訳するというのはちょっと考えにくいし、二人だけで気兼ねなく話をする時にも通訳者は入れないだろうが、一緒に出かけて人と会う際、特に二人それぞれの考えを語ることを求められる講演会やインタビューの際など、福島さんには光成さんではない通訳者が付くことが必要だし、重要だがそうはなかなかならない。夫婦げんかの際に、議論の当事者と司会の二役をこなしてしまうという福島さんにこそ、光成さんではない通訳者が必要かもしれない。福島さんが楽しみにしている光成さんの誕生日の会食だって、通訳者がいて、光成さんがもっとくつろげた方がよかったのだろうが、できない。そんな場面があったなら、二人の関係は変わっていただろうし、障がい者への家族のイメージも変わって行くに違いない。
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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