♦︎大半が落とし主の元へ
警視庁の発表によると、2018年に東京管内では証明書類(身分証など)について約101万件の遺失物届が提出され、これに対して拾得届は約75万件であった。当然ながら届出が行われなかった遺失・拾得は含まれていないものの、数字の上では身分証を落としても4回に3回は戻ってくる計算になる。同様に携帯はおよそ26万件中の61%、財布は40万件中93%と、高い割合で落とし主に返還されている。
一方、落とし主が財布と再会する確率は、海外ではこれほど高くないようだ。
ニューヨークで精神科医として働く日系のベーレンス氏はBBC(1月15日)の取材に対し、現地での遺失物の取り扱いの状況を語っている。それによると、ある男性が現地の中華街で拾った財布を警察に届け出たところ、そのてん末が地域のニュースになり「正直な男」と報じられるほどだったという。財布が日常的に交番に届けられている日本の状況とは差があるようだ。
BBCは「このような表向きの品位は、ベーレンスの母国・日本ではさして珍しいことではない」と日本との差を紹介している。米ミシガン州立大学ロースクールの教授が行った社会実験によると、携帯と財布を合わせて東京では約9割が拾得物として届けられたが、ニューヨークでは1割以下(6%)ほどに留まるという結果が出ている。
♦︎交番システムが機能
日本での返還率の高さには、何が影響しているのだろうか?
BBCは文化的規範と仏教・神道の影響に加え、「そして近所のフレンドリーなお巡りさんのおかげで、日本で落し物をしても大きな心配はない」と述べ、交番の制度を大きく取り上げている。
交番に注目するのは都市情報誌のシティ・ラボも同様だ。日本全国に6300ヶ所の小さな交番が戦略的に配置されており、拾得物の届出先として機能していると紹介する。北陸地方のとある交番では6歳の少年が50円玉を拾ったと届け出たところ、邪険に扱われることなどなく複数の警察官が応対し、ひとりの大人に接するかのような丁寧な対応を受けたという。シティ・ラボ誌からコンタクトを受けた母親は、何か拾ったら交番に届け出るよう幼稚園などで教えられていたためでは、と日本の教育習慣を同誌に紹介している。記事によると、地域に密着した日本の交番システムは海外でも導入が試みられているが、人的リソースを多く必要とするなど難しさがあるようだ。
カタールの放送局アルジャジーラでは、日本では全般に凶悪犯罪が少ないため、落とし物のようなきめ細かな業務に警察が対応できるのではないかと分析している。治安の良さが落とし物の返還率を高めるという好循環が生まれているようだ。
♦︎実は良心からではない?
落とし物が届けられる理由としては、ほかに日本人固有の正直さをあげたいところだが、BBCの見方はやや異なるようだ。記事は日本人が悪気なく他人のビニール傘を拝借してしまう例をあげ、必ずしも日本人のモラルが優れているわけではないことを示唆している。別の例として、東日本大震災では自分を犠牲にして助け合う人々が多くいた一方で、残念ながら住民が退避した後の避難指示区域を狙った侵入窃盗が発生した。前出のミシガン大の教授はこうした事象をあげたうえで、集団でいると助け合うが、人目のないところでは必ずしも良心が働くとは限らないという主張を展開している。逆説的に捉えれば、コミュニティの視線が届く限りはモラルが守られるといったところだろうか。
シティ・ラボ誌は日本の法制度に注目しており、遺失物法第28条の規定により落とし主から拾い主に5%から20%のお礼(報労金)が支払われる、と伝えている。3ヶ月経っても落とし主が現れない場合は、拾い主は正式に所有権を得ることも可能だ。
財布の8割から9割が戻ってくるという安全な社会環境は、幼少期からの教育、交番システム、そしてコミュニティからの視線に遺失物法と、多くの要素に支えられているのかもしれない。
NewSphere(9/1)
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