2020年07月27日

山本寛斎、世界に挑戦するデザイナー

 27日、ファッションデザイナー・山本寛斎氏が21日に76歳で亡くなった。1971年に、日本人として初めて、ロンドンでファッションショーを開催したことでも知られる。このロンドンのショーがデビューとなり、1973年、デヴィッド・ボウイ氏のニューヨーク公演を見に行ったことがきっかけで、ツアー衣装のデザイン依頼があったのだという。(以下、敬称略)
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日本の文化を愛したデヴィッド・ボウイ は好んで山本寛斎の斬新なアイデアを身につけた。歌舞伎をモチーフにしたステージ衣装、革に兎の図案が手書きされているステージ衣装など、記憶に残る衣装を数多く手がけた。デヴィッド・ボウイと山本寛斎氏の才能の融合は、見る人を常に驚かせ、既成概念に囚われない新しい価値観を提唱してきた。ボウイはタブーや常識をものともせず、性差をも超えて、常に新たな価値観を造りづづけて、類まれな世界的ロックシンガーとなった。これからも「Starman」のように、天上から私たちに不朽のメッセージを、DVDなどによって目に耳にすることが出来るだろう。

2008年には、山本寛斎はG8洞爺湖サミットの会場・社交行事の総合プロデュースした。

2010年には、「京成スカイライナー」新型車両の内装・外装のデザインなども手掛けるなどし活躍した。

posted by Nina at 15:54| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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