その筆頭が、オルタナ右翼言説で知られる金融ブロガー、ダニエル・イヴァンジイスキー氏が創設した「ゼロヘッジ(Zerohedge)」と、極右系ラジオ・パーソナリティのアレックス・ジョーンズ氏が運営する「インフォウォーズ(Infowars)」だ。
ゼロヘッジは基本的には金融情報サイトだが、親ロシア・反米陰謀論の政治記事が際立っている。インフォウォーズのジョーンズ氏は前述のチョスドフスキー氏に匹敵する陰謀論界の「スター」だ。
筆者は新型コロナウイルスが中国の開発した生物兵器であるとの説について、それを検証して全否定する記事をBusiness Insider Japanに寄稿しているが、その公開と同日(1月31日)、インドの研究チームが査読前の論文を公表し、そのなかで「人工ウイルス」説を提起している。
その疑惑にいち早く飛びついたのがゼロヘッジだった。
「新型コロナウイルスにはHIV遺伝子挿入が含まれ、人工生物兵器の恐怖をかき立てる」(2月1日)
さらに、このゼロヘッジの先行記事に、インフォウォーズが飛びついた。
「MSMは、新型コロナウイルスにHIVの感染システムが組み込まれている証拠を隠そうとしている」 (2月1日)
「科学者たちは新型コロナウイルスが人工であると確認。研究所起源の遺伝子配列が含まれている」(2月2日)
人工ウイルス説は専門家が完全否定
インドの査読前論文は「誤解されて伝わった」ことを理由に、わずか2日後に非公開とされている。
同論文によると、新型コロナウイルスにはSARS(重症急性呼吸器症候群)を引き起こしたコロナウイルスにない、4つの新しい遺伝子配列が挿入されていて、その配列はエイズ(後天性免疫不全症候群)を引き起こすHIV(ヒト免疫不全ウイルス)と共通するという。
そして、その配列は自然に起こる現象とは考えにくく、それゆえ新型コロナウイルスは人工である可能性が高いというのだ。
しかし、この人工ウイルス説は、世界中の専門家によってすでに否定されている。
挿入されたという遺伝子配列はきわめて短く、実際にはHIVに限らず多くのウイルスにみられることや、最も似通った他のコロナウイルスと比べても1000以上の断片的な変異があり、そのような遺伝子操作は人工的には不可能で、むしろ自然な変異を示していることなどが指摘された。遺伝子改変に使われる酵素などの痕跡も見当たらなかった。
結局のところ、ロシアのフェイク情報工作では常連といえる2つの陰謀論サイトが「新型コロナウイルスは中国の研究所でSARSとエイズのウイルスを合成したもの、つまり中国の生物兵器だ」というストーリーを生み出し、それが世界に数多ある陰謀論サイトを経由して拡散されたわけだ。
今後もこうしたサイトからフェイク情報が拡散されることになるだろうが、真に受けないようにご注意いただきたい。
ちなみに、インフォウォーズのジョーンズ氏は、トンデモ説の拡散と同時並行で「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に効く」と称して、歯磨き粉やクリームを販売する商売にも乗り出していた。
これに対しては、3月13日にニューヨーク州司法長官が販売中止を命令。3月27日には、グーグルがGoogle Playストアでのインフォウォーズのアプリ販売を凍結している。
黒井文太郎:福島県いわき市出身。横浜市立大学国際関係課程卒。『FRIDAY』編集者、フォトジャーナリスト、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。取材・執筆テーマは安全保障、国際紛争、情報戦、イスラム・テロ、中東情勢、北朝鮮情勢、ロシア問題、中南米問題など。NY、モスクワ、カイロを拠点に紛争地取材多数。
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