2019年11月30日

天皇・皇后への尊称と敬語

 良いとか悪いとかではなく、日本の歴史上千年以上も続いてきた天皇家の存在と歴史的役割。天皇とは、日本人にとって何なのだろうか。
4月30日に今上天皇が退位、平成が終わり、新しい時代が始まった。新たな元号や、退位・即位に伴う儀式など、皇室への関心が高まっていた。そこで、天皇の仕事を解説する『皇室番 黒革の手帖』(2018)が皇室記者の回想録として出版された。
 
 著者・大木賢一は宮内記者当時、天皇、皇后両陛下や皇太子ご一家のお出まし≠待つ時 間が長いのと、皇室の番記者はカメラを使ってはいけないという規則があって、取材のかたわら、黒革の手帳にはスケッチが描きためていた。この本は、宮内庁がどう動いているか、「宮内庁記者」の立ち位置で宮中祭祀から国事行為、園遊会、欧州訪問、国内の地方訪問を天皇の仕事の舞台裏を解説する。一方で「世界一気の毒な登山家」などと、至近距離で取材した秘蔵エピソードも交えて、皇室への肯定ばかりでなく、批判も加える。

 駅頭や沿道で「一般奉迎者」といわれる手をふる市民にも目を向け、著者がそれまでに実感することのなかった礼讃する「国民」の出現にも言及する。「世間一般にそうしたムードが続いています。私はこの世に批判してはならないものなど、一つでもあってはいけないと思っています。」と、ジャーナリスト精神が込められているのもミソだ。「いい人がいいことをしているんだから、悪く言う人などいるはずがない」、そんな前提で皇室記事が書かれ、読まれるようになってきたことへの危惧をしている。

 確かに、BBCなど女王陛下であろうが他の王族に対しであろうが、批判が出ているようなことがあるときには、言葉は選びつつもチクリと批判は付け加えているし、それが正常だ。それによって、他の王族に対する一方的なバッシングを避ける防波堤にもなっていく。翻って、日本のメディアは常にそのときの両陛下への批判は書かないし、書いたとしても非常に婉曲である。昨今、一方的に過ぎる皇嗣家に対するバッシングは、批判がされるべきだろうがその声は聞こえてこない。大木氏の著作は、皇室の催事を分かり易く解説しつつ、平成の両陛下のなさりようが全て正しいような、他に選択などがないような風潮に、一石を投じた点でも際立っている。

 著者の記事もインターネットに掲載されていたので、次に抜粋した。

          *  *  *

 2008年7月、現役の担当記者として「象徴の軌跡 東宮家の憂い」と題した連載記事を書いていました。その4回目は「助走必要な『日嗣(ひつぎ)の皇子(みこ)』 皇太子像、時代で変遷」というタイトルで書いていました。
 
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 陛下の宮中祭祀の熱心さは歴代でも群を抜き、皇后さまと二人で国民に歩み寄るスタイルも自らつくり上げた。しかしその形にこだわり過ぎれば、皇室自身を苦しめることになる。

 病に苦しむ雅子さまと、ひたすらそれを支える皇太子さま。その姿に励まされ、救われる国民はたくさんいる。すでに立派な公務≠フひとつを果たしているのではないか。良き伝統と新しい役割のはざまで、日嗣の皇子は将来の皇位を嗣ぐ。
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 当時、この記事のこの部分が、インターネットで反響がとても大きくなっていました。
 「『すでに公務のひとつを果たしている』。何度読んでも素晴らしい文だわ」「共同通信の記者がこれを書くには相当な勇気がいったはず」「共同通信GJ(グッドジョブ)」など、そういうネットの反響に慣れていない通信社の記者としては、驚くほどの数でした。新聞の読者が、共同通信の配信記事に関心を持ったとしても、その声が新聞社を介して筆者の耳にまで届くとは極めて稀なのです。その時の記事は、ネットで拡散されて何万人、何十万人もの目に触れたことによって、結果的に1000人以上もの人びとが直接の感想を書き込んでくれた、それは記者として初めての経験であり、喜びでした。

 その後、2016年8月8日に平成天皇のビデオメッセージがされました。それには「退位」「譲位」の言葉は一つもありませんが、国民のほとんどが「お気持ちはよく分かりました」という反応を示しました。事前に関連報道されていなければ、こういう反応は起きえない現象です。当時の宮内庁幹部は記者に囲まれ「報道のような事実はない」「陛下のそのよう なお気持ちは聞いたことがない」と完全否定する立場を取っていました。 

 「退位」の意向だとマスコミが大騒ぎになった当日、私が所属する共同通信編集局の幹部がこんなことを言いました。「天皇の次の定例会見はいつなんだ!」。天皇本人の真意がそこで明らかになると考えたのでしょうが、閣僚ではないのですから、天皇に定例会見などというものはありません。会見は、毎年の誕生日前と、海外公式訪問の前だけです。その際の言葉はいまだに修正されたわけではありませんが、結局。前天皇は退位してしまいました。

 初めて「(生前)退位の意向」が報じられた時は、驚き以上の激しい感情がありました。「政治的発言に当たらないのか」という憲法上の疑義とともに、メディアを利用して自ら世論の醸成を図っているとしか思えなかったからです。その気持ちは今も変わりません。8月8日の「解説」で、共同通信の記者として、「天皇は国政に関する権能を有しない」とする憲法との兼ね合いについての「断り書き」を入れて、しかも、メッセージの中で2度にわたっていることを指摘しました。そして「天皇という立場上、制度に具体的に触れることは控える」などとも述べており、その違和感を皮肉的に書きたかったのです。そこで、この記事を配信する際、社内で確認がされました。「これは、憲法に触れるかもしれない危ない橋を渡ってまで、(天皇が)ありがたいお言葉を発してくださった、ということでいいんだよね」と。

 全然違います。むしろ真逆です。言うなれば「これは確信犯だ」と書きたかったのですから。こうした「誤読」をさせてしまった責任はもちろん私の書き方がはっきりしなかった点にあるのですが、皇室報道の常識では、これ以上はっきりと書くことは、正直言ってできませんでした。意図的に敬語を排し、普段の新聞の基準とは異なる表記をしました。文章の内容が批判であることを明確にしたかったからです。今度ばかりは絶対にはっきりと伝えたい。過剰な敬語を使いながら批判を含む言説を展開するのはほとんど不可能です。そう思い、あえて尊称と敬語を全て外しました。一般の方に読んでもらうと、「何これ? 不愉快だから読みたくない」と突き返されました。読んでもらえない記事を書いても何の意味もないので、仕方なく棘を抜いた原稿に直しました。今、当時に書いた「解説」を読み返してみると、自分でも「これじゃあ伝わる訳がないな」と感じます。この「誤読事件」以降、「陛下」とか「さま」とかいう人間離れした尊称や、「なさった」などの敬語を使うばかりでは、批判や皮肉が伝わらない一因になるのではないかと思うようになりました。

共同通信は株式会社ではなく、一般社団法人です。全国の地方新聞やNHK、産経、毎日、日本経済新聞、東京新聞などが加盟しています。敬語の扱いは社によって様々で、共同通信では「天皇や皇族を主語とした最初の一文の最後の動詞」のみを敬語にしています。産経新聞はひとつの文に必ず一度は敬語を使い、反対に朝日新聞は一切敬語を使いません。 2016年のビデオメッセージ「解説」において、尊称と敬語を排して、皇室にまつわる記事を書いたのは、文章の内容が批判であることを明確にし、その確たる思いがあって、あえて尊称と敬語を全て外しました。そのため、皇室の方々に対して尊称や敬語を一切使わなかったことを「敬語も知らずに皇室記者とは呆れたものだ」と評する方々が多くいました。もちろん、記者として会社の仕事をしているときは、尊称と敬語を使います。天皇は「天皇陛下」、皇后は「皇后さま」、天皇と皇后は「天皇、皇后両陛下」、それ以外の皇族は全て「さま」です。ほとんどのメディアが同じ基準だと思います。

 
 前天皇は平成元年、即位に際した記者会見で、記者の質問に答えてこう述べています。

 「(天皇制の是非を論じることも含め)言論の自由が保たれるということは、民主主義の基礎であり、大変大切なことと思っております」

「不敬」などという名の下に、天皇や皇室に関する批判的言説を許さない風潮に逆戻りがあるのなら、それこそ「陛下のありがたい御心(みこころ)」に反することにならないでしょうか。いいことはいい。悪いことは悪い。天皇の地位は国民の総意に基づくのですから、国民も、メディアも、そして側近の方々も宮内庁の職員も、おかしいと思うことがあれば指摘すべきだと思います。

 



大木賢一:
共同通信記者として2006年から2008年まで宮内庁担当。 
1967年、東京都生まれ。1990年、早稲田大学第一文学部日本史学科卒業。共同通信社入社。鳥取支局、秋田支局、大阪府警と警視庁で捜査1課担当。大阪支社社会部、東京支社編集部でデスク、仙台支社編集部で担当部長。2016年11月から本社社会部編集委員。

参照:https://gendai.ismedia.jp/list/author/kenichiooki
 私は、2006年から2008年の皇室担当記者として、次のような経験もありました。
 赤坂の東宮御所で行われた皇太子記者会見の後で、ぞろぞろと記者たちが帰っていく列の一番後ろにいて、当時の東宮職幹部に「大木さん、ちょっとちょっと」と、こっそり小さな応接室に招き入れてくれました。他の記者は何も気付かずに去って行きました。特に格式がある部屋ではないが、その部屋に入ったことがある記者がどれだけいるかと思うと、少々誇らしい気分になったのを覚えています。15分ほど雑談をしていたころ、部屋の外で、きゃっきゃとはしゃいで走っている子どもの声が聞こえました。扉は閉まっているので姿は見えません。一瞬「あれ? なんでこんなところに子どもが?」と思いましたが、すぐ追いかけるように女性の声も聞こえました。

 「ほらほら、そっちは駄目ですよー」

 と、その声の主は言っていました。目の前にいる幹部に「あのー、あの声はやっぱり、・・・ですよね」と聞いてみると「そりゃあ、こんなところにいる子どもと言ったらほかにないでしょう」と言われました。考えてみれば、「そこに記者がいる」ことを意識しない状態での皇族方の声を聞いた記者は滅多にいないと思います。私が聞いたのは、紛れもない肉声、飾りも何もない本物の肉声だったと思います。そしてそれは、ごく普通の、優しい”お母さんの声”でした。私にとっては宝物のような経験です。

 その約10年後、今年9月、私は皇后となった雅子さんの”本当の肉声”を聞く機会に恵まれました。全国豊かな海づくり大会が行われた秋田県でのことです。雅子さんが小型犬を連れて歩く番になりました。「みよ」という名前の犬でした。リードを握って歩き出そうとしましたが、犬はその場を動こうとしません。そこで雅子さんは、御所(ごしょ)の飼犬にでもされているかのように

 「みよちゃーん、行きますよー」

穏やかで優しい が、はっきりとした声を発せられたのでした。会場は柔らかな笑いに包まれました。 記者を含めた多くの人々の前で、こんなにも自然な声を、はっきりと口にできるようになったのだなあ、と私は感慨深く思いました。私は一気に10年前のあの壁越しの声を聞いた瞬間に引き戻された気持ちになりました。まるで人の目や耳を避けるようにして過ごしていたあの十数年前の日々に書いた記事を思い出しました。

新しい天皇夫妻は、欧州の記者が王族の子どもたちに気軽に手を振るように、記者との距離も縮めてくれたらいいなと思います。今後に天皇の在り方や皇位継承に関する議論は続くのですから、無用なタブーは極力排し、考え続けなければならないと思います。
posted by Nina at 08:22| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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