2019年10月20日

荻野吟子の生涯、映画「一粒の麦」



10/26(土)~ 関東地区では、新宿K'sシネマ(電話:03-3352-2471)

日本における最初の女性医師。嘉永4年、埼玉の名所の五女として生まれ、幼いころから聡明で、勉強好きであった。16歳で結婚するが、夫からうつされた性病(淋病)にかかり、大学東校(後の東京大学医学部)の付属病院に入院。生死をさまようほどの病状だった。男尊女卑が残っていた時代、女性の務めは、子供を産んで育てる事だけだと言われた時代であった。入院中、性病をうつされて子供を産めない女性たちの悲しい話をたくさん聞いた。女医の必要性を痛感し、自分自身が女医となる決意をする。 離婚後故郷に戻り、本格的に学問を始める。

妻沼村 両宜塾に入門し、松本万年の教えを受けた後、22歳で上京し、井上頼圀の私塾神習舎に入る。その後、初めて女性の教育養成を目的とした女子高等師範学校を経て、私立医学校好寿院に学ぶ。 医術開業試験の願書を幾度となく提出するも、ことごとく却下されるが、決して諦めず、明治18年(1885)、34歳の時、医術開業試験に合格。女性として初めて医籍に登録された。同年、荻野医院を開業。この頃、キリスト教婦人矯風会に参加。

明治24年(1891)の岐阜県 濃尾大地震では、女子の孤児たちを保護するために立ち上がった石井亮一(日本の知的障害児教育の創始者)に賛同し、荻野医院を子供たちのために開放、自らも孤児たちの世話を行った。明治23年(1890)、牧師 志方之善と結婚し、明治27年(1894)、北海道に渡り開業。夫の死後帰京し、明治41年(1908)、東京で医院を開いた。

「人その友の為に己の命をすつる 之より大いなる愛はなし」
(ヨハネ伝第15章13節)
posted by Nina at 08:57| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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