役場と町民が一体となり、“みんなが幸せに暮らせる”方法を考え出した岡山県奈義町。 面積69.54平方km、2017年4月現在の人口は6100人の小さな自治体だ。2005年時点では1.41だった奈義町の合計特殊出生率(15〜49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの)は2014年に岡山県算出の合計特殊出生率が2.81と非常に高くなり、脚光を浴びた。同条件で奈義町独自に行った2016年の出生率は1.85、2017年は2.39となっていた。
奈義町は「平成の大合併」のさなかの2002年、住民投票により合併しないという選択をした。しかし住民投票から10年が経ったころ、「子どもの声が町から聞こえなくなった」と住民から町の将来を案じる声が寄せられるようになった。「実際、児童生徒の数は減る一方だった」と笠木義孝町長は振り返る。子どもの数が減っていった要因の一つとして子育ての費用負担が大きい考え、町では支援を充実させることにした。 それまでも子育て支援策はあったが、今いる町民だけでは出生率向上には限度があるのは歴然。若い世代の移住者を増やさなければならない。
町民の意見を聞いて作ったのは、子育て中の母親やシニア世代に短時間で出来る仕事を紹介する場所「しごとスタンド」。“活気のある町にしたい”その思いが町民一人一人に根付いた結果、10年で出生率が2倍になった。誰もが楽しく暮らせる町を目指す奈義町。出生率は3人に迫る勢いで、子どもの医療費免除や出産祝い金など、町が子育てを支援してくれる環境にあった。
チャイルドシートやベビーベッドの貸し出し(月100円)、乳幼児を持つ子育て中の親子が集える常設広場の開設(子育て支援施設「なぎチャイルドホーム」)、保育園や幼稚園の充実、保育料多子軽減、中学3年生までの子どもを養育しているひとり親への交付金など、子どもを望む世帯から子どもが高校生の世帯までを対象にした、様々な支援が受けられるようになっている。
また町では、子どもが減少する要因として居住環境も大きいと考え、対策を講じた。
「奈義町には民間住宅が少なく、公営住宅は老朽化していた。そのため夫婦二人で生活を始めたい若い世代は、隣の津山市などに出ていってしまっていた」(笠木町長)。例えば企業誘致により町に仕事は生み出すことはできるが、住むところが十分でなければ通勤可能な他都市に出ていってしまう。
そこで「新築住宅普及促進事業補助金」や、近隣価格より3割ほど家賃の低い若者向け住宅や定住促進住宅の整備などの移住支援策も強化していった。
さらに「子育て応援宣言」を町民に対してだけでなく、大々的にアナウンスすることで、移住の促進にもつなげてきている。
結果、町の一般会計予算(当初予算は約40億円)に占める子育て支援予算は2015年度が約2%の約8700万円、2016年度は約3%の約1億2540万円まで上昇。となると、人口比率的の高い高齢者から意見が出そうなところだが、高齢者向けの支援は子育て関係の予算よりも費用が多かったこと、さらに子育て支援予算は2002年の住民投票で単独町制を選択した際に行財政改革を行ったことで捻出した約1億4000万円の財源を原資に行っており、高齢者への支援を削減しているのではないことを説明し、理解してもらえるようになったという。
2016年の「奈義町まち・ひと・しごと創生総合戦略」策定時に、次の世代のために思い切った施策や魅力ある施策に取り組むことを決めた。
まちづくり戦略室の大内善文室長は「1000人の町民と中高生全員へのアンケート、町内の様々なグループや団体へのインタビューを実施。19人の町民がワークショップ形式で素案をつくり、審議会での議論を経て町から議会に提案され、議決されたのが総合戦略だった」と振り返る。
「策定の過程で、子育て中の女性からは、日中に短時間の仕事をしたいが仕事そのものがないという声が寄せられていた」(大内室長)。働いて賃金を得たいという気持ちも当然あるが、それ以上に仕事をしないと社会との接点が持ちづらいと訴える町民が多かった。孤立は住民の流出につながりやすい。
そこで誕生したのが「まちの人事部事業」だ。
まちの人事部事業は、簡単に言えばちょっとした仕事の外注先を求める町内の事業所と、ちょっとした仕事を請け負いたい町民をつなぐ事業だ。町民はあらかじめ「しごとコンビニ」に登録。日々、町内事業所からまちの人事部が受託した仕事情報が、しごとコンビニ登録メンバーへ配信される。受託希望の登録メンバーが必要に応じて作業場所に出向き、作業後、報酬を実施メンバーで分配する。
さらに就労支援として元ガソリンスタンドを改装した「しごとスタンド」も開設。「町内の事業所とのマッチングや、事業所側の不明点を社会労務士に相談できる仕組みを構築した。月に1回はハローワークの求人探索端末を持参してもらい、総合的な就労支援にもつなげている」(大内室長)。
しごとコンビニについては、登録者数が増えたこともあり、町内の仕事だけではなく、今後は都市部の企業と組んで、テレワークなどの業務の受託をする計画もあるという。
町民の収入源の確保にもなるが、効用はなんといっても町民同士の接点の増加だ。ターゲットとしていた若い子育て層はもちろん、リタイア世代からも「友達ができた」「やりがいができた」といった声が寄せられているという。
さらに、独自の電子マネー、ポイント(行政買い物)、地域振興マネーである「ナギフトポイント」を4月にリリースする予定だ。町内の店舗や会社と奈義町役場による事業だ。町民の健康づくりやボランティア、子育て、教育などの活動や、町内の店や会社での買い物やサービスで、ポイントが貯まる仕組みになるという。奈義町によれば「地方自治体としては初めての取り組みでは」という。
「活動をアクティブにするのが目的。チャージ方式で、これまで商店ごとだった買い物時のポイントシステムを統一するだけでなく、地域振興券も電子化し、ナギフトマネーというカード1枚あれば、町の様々な暮らしに役立つ仕組みになっている。町内の店舗や会社など様々な場所でポイントを使えるので、町の中でポイントがぐるぐる回り、地域経済の活性化にもつながる」(森安主任)。町民全員に配られるため、ラジオ体操に参加すればポイントがもらえるようにするという案も出ているという。
なお、まちの人事部事業は町が直接運営するのではなく、地方創生を進めていく中で誕生した一般社団法人ナギカラが運営している。ナギカラは2015年に「まち・ひと・しごと総合戦略」および「まちづくり総合計画」の策定支援に関わった民間シンクタンクが法人を設立し、町が地域再生推進法人に指定したものだ。まちの人事部事業だけではないが、町からナギカラへの委託費は2015年度が 982万9800円、2016年度が2億6933万6640円と年々重要度を増しているのが見て取れる。
「どんなに役場がお金を出しても、一時的なお金だけで人を育てることはできない。子育てする町を選ぶときに、出産祝い金が高いから、予防接種が無料だからといった理由だけでは第2子、第3子を生み育てる気持ちにはなれないのでは」(立石副参事・班長)。
それより重要なのは、いわゆる子育て支援をしてくれたり相談に乗ってくれたりする先輩ママや、なぎチャイルドホームで交流するママ友との交流ではないか、という。
「2016年から県の助成を受けて活動する母親同士が当番制で保育をし合う自主保育『たけの子』もその一つ。その中で互いの不安が解消されることで、第2子、第3子への自信を持つようになる」(立石副参事)
2017年5月7日には、奈義町B&G海洋センター内に、障害のある子どもと保護者を対象にした障害児の居場所「みんなのおうちぽっかぽか」が開所した。活動のベースとなっているのは、子どもの成長を願う親の会「どんぐりの会」。障害がある子ども、発達に心配がある子ども、そんな生きにくさを抱えた子どもたちの保護者が、同じような悩みや苦しみを話し、交流する場所・共に考え、育ち合える場として、立石副参事らの協力で2003年にスタートしたコミュニティだ。「あくまでも当事者たる町民が活動していたからこそ、『みんなのおうちぽっかぽか』につながった」と立石副参事はいう。
2016年4月には劇作家・演出家の平田オリザ氏を「教育・文化のまちづくり監」に任命。人口維持と活力ある元気な経済を目標に掲げた地方創生を実現するためには、「ひとづくり」が何より重要と考えた町が、奈義町の特色ある教育を確立し、自然とアートのまちづくりを推進するべく平田オリザ氏に就任を依頼し、実現したものだ。主には小中学生に対する演劇を中心にしたコミュニケーション教育や、21世紀型職員採用試験でのアクティブラーニングなどに携わっている。
総務課演習場対策室の花房宏亮主事は、「子育て支援は充実しているが、大学進学のタイミングで人口が流出する。それは止められない」と話す。今後の町の課題は、流出した若い世代がどうしたらUターンするかということ。奈義町が特徴的な教育を行う先進的な町となり、誇れる町だということを感じてもらうことが重要だと考えている。さらには、変わりゆく世の中で今後求められるのは、主体的に自分の役割や能力をその場に合わせて変えていくことであり、そのためにはコミュニケーション能力や判断力を高める必要があるという考えもある。平田オリザ氏はコミュニケーション能力や判断力を高めるには文化資本が重要で、幼少期から本物に触れる機会を持つように常々説いているが、奈義町ではそれを実践しているというわけだ。
その効果は大きく、子どもたちは演劇を通して能力を高めてきている。また平田オリザ氏がきっかけで、今まで奈義町に縁がなかったような人が、職員採用試験を受験することもあるという。
2019年08月01日
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