2019年04月07日

昭和の終わり

これは、やっぱり昭和の名曲!
沢田研二の「TOKIO」がテレビでパフォーマンスされたのは1980年元旦。1月1日へと日付が変わったときの生放送だったということで、TOKIOは文字通り80年代の東京を象徴する楽曲と称される。TOKIOの作詞家の糸井重里自身も放送を見て驚いたとコメント。衣装やメイクを含めたTOKIOという楽曲のパフォーマンスの完成度は想像を超えるものがあったということに。
当時に最高の人気者だった沢田研二のピカピカの歌。


1979年の大みそかから元日にかけて、民放全チャンネルで放映されたテレビ番組=『ゆく年くる年』で、1980年1月1日のちょうど0時0分、沢田研二は「TOKIO」を歌い出したのです。つまり、日本の80年代は「TOKIO」によって迎え入れられたということになります。

posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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