2019年03月07日

「政府が老後みる」消えた約束 中国の高齢者急増、一人っ子失い苦境に

 中国では一人っ子政策は3年前に撤廃されたが、子供がいないまたは教育費負担の重くのしかかったまま子供を失くした失独者を生んだ。そして「祖父母4人、親2人、子1人」の家族構成は今後も主流とみられる。綱渡りのような老後は、失独者だけでなく社会全体の課題だ。政府も「介護の社会化」に向け、20年に全国で公的介護制度の枠組みを確立する計画を打ち出すが、財源、人材の確保などの課題が山積する。

 中国では、5日に開会する全国人民代表大会(全人代)を、切実な思いで見守る人たちがいる。国の一人っ子政策に従い、その子に先立たれた「失独者(一人っ子を失った者)」だ。その数は100万世帯以上とも言われ、中でも老いた失独者は物心両面で苦しんでいる。

 中国の高齢化は今後、日本をしのぐ速さで進み、その規模は世界に類を見ない。中国の65歳以上人口は昨年末時点で1億6658万人(総人口の11.9%)。国連推計によると、2025年に高齢社会(同14%超)、36年に超高齢社会(同21%超)を迎える。

 中国では子どもが親の老後を養う価値観が根強く、介護制度などのセーフティーネットが未整備だ。頼る者のない失独者の苦境は、国が豊かになって福祉制度が整備される前に高齢化が進む「未富先老」社会の縮図と言える。

 北京市朝陽区に住む失独者の楊文娟さん(66)は04年のクリスマスの夜、23歳の一人娘を自動車事故で亡くした。美しく利発な自慢の娘はモデル事務所と契約したばかり。「中国では子どもが全て。失えば何もなくなる」。夫妻の収入は年金が月8000元(13万円)。夫の施設費は全額自己負担で月5400元(9万円)。医療費負担も重い。区から失独世帯向けの月720元(1万2000円)の支援金を受け取っているが焼け石に水だ。北京市には施設入居費を一部補助する制度はあるが、指定された施設に限られる。補助を差し引いても高額過ぎたり、順番待ちが必要だったりして、楊さんは利用をあきらめた。楊さんの友人で、同じ区に住む失独者の女性(57)は「当事者の現実にそぐわない支援策も多い。役人が上に実績を報告するために形だけを整えている」と訴えた。交友関係を断ち、引きこもるように暮らした。間もなく楊さんの夫(68)が脳梗塞などで入退院を繰り返すようになった。現在、自宅から徒歩十数分の介護施設に入所し、楊さんが毎日通って体が不自由な夫の世話をする。「自分の時間など少しもない」。楊さんが目を落とした。

 待遇の改善を訴えようにも、習近平指導部は社会統制を強化し、民間の権利運動への締め付けを強めている。失独者による陳情活動は当局から阻止され、民間団体の支援活動が「社会を不安定にする」として妨害された事例もある。

 「子どもは一人だけが良い。政府が老後をみる」。一人っ子政策の時代、街角に躍った政治スローガンを、楊さんは今も覚えている。「なぜ約束が果たされないのか。我々が死に絶えるのを待っていように思える」。抑えた口調が絶望の深さを物語っていた。


出典:3/4毎日新聞【北京・河津啓介】

エリート育てねば

 中国では2012年から生産年齢人口が減少に転じた。若い世代が成長を後押しする「人口ボーナス」はもはや期待できない。人口動態の変化が、結婚や出産への意識を変えようとしている。

 「1988年生まれ シンガポール国立大修士 上海戸籍で持ち家あり(女)」

 上海の中心部・人民広場は毎週末、親たちによる「婚活」が盛んだ。我が子の経歴を開いた傘に張り付けて、目立たせるのが流行している。

 子どもを産む以前に、上海の若者は「結婚難」に直面する。その最も高い壁はやはり経済的負担だ。教育費に加え、中国では結婚の条件として、男性に持ち家が求められることが一般的だ。4人の祖父母と共働きの両親の「六つの財布」をはたいても、結婚・子育て支出は天井知らずだ。

 「絶対にエリートに育てなければ」。若い夫婦は、祖父母からの期待や保護者間の競争意識にさらされる。「このプレッシャーを面倒がって、結婚や出産意欲を失う若者は少なくない」。上海で見合いイベントを定期開催する市組織「婦女児童服務指導センター」の方磊(ほうらい)部長(48)は指摘した。

 昨年の出生数は1523万人で前年比200万人減の歴史的低水準だった。人口構成をみると、流れはさらに加速しそうだ。一人っ子政策時代、男子を尊ぶ封建的な価値観によって女子を人工妊娠中絶するケースが横行し、男女比の偏りが生じた。国家統計局によると、20歳未満の人口比(17年)は、女100に対して男117。出産可能とされる15〜49歳の女性は17年に前年比400万人も減少した。政府系シンクタンク・中国社会科学院の報告書によると、政府発表の合計特殊出生率1・6が続けば27年から人口減少に転じる可能性がある。

 今年に入り「18年に人口減少が始まった」とする論文に注目が集まった。ウィスコンシン大の人口学者、易富賢氏と北京大国民経済研究センターの蘇剣主任は、過去の国勢調査などを分析し、当局が「実態に合わせて調整した」とする公表値に「水増し」があると主張。独自の試算で18年の出生数が死亡数を下回ったと結論付けた。

ローン地獄、消費鈍化

 人口動態の変化は、家計にも影響し、実体経済の先行きを不透明にしている。

 「家なんて買えない。結婚はあきらめる」。中国のネット掲示板には独身男性の悲鳴があふれる。結婚の条件ともなるマイホームはもはや「高根の花」だ。上海では標準的な2LDKでも300万元(約5000万円)は下らない。中国では公立学校でも教育の質や設備の格差が激しく、優良校に通える地区の物件は高騰する。親や親戚からカネをかき集めてマイホーム探しに躍起になる若者がいる一方で、将来の値上がりを期待して不動産投資に熱狂する人も多い。

 中国では家計に占めるローン返済の割合が3割を超えると、生活水準の切り下げを余儀なくされると言われる。住宅ローンを抱える世帯では収入に占める返済額の割合(返済比率)は既に4割に達しているとの推計もある。住宅ローン返済に首の回らない人々を指す「房奴」(家の奴隷)という新語まで生まれた。

 「深刻化する債務問題は家計部門が耐えられる限界に近づいており、個人消費の鈍化を引き起こしている」。上海財経大学高等研究院は昨年8月に発表したリポートで、こう警告した。個人消費は長く、輸出と並ぶ中国経済のエンジン役だった。個人消費の動向を示す小売売上高は年々、前年比で伸び率が縮小し昨年はついに10%を割り込み、中国経済が28年ぶりの低成長に沈む主因の一つとなった。

 「『ブラックスワン』を高度に警戒するだけでなく、『灰色のサイ』も防がなければならない」。習近平国家主席は今年1月、北京で開かれた会合で指示を出した。ブラックスワンとは、事前に予測不可能なショックを指す経済用語。灰色のサイは誰もが問題を認識しながら放置されがちな危機を指す。

 中国は現在、米国との貿易戦争というブラックスワンに直面し、世界経済の不安定化をもたらしている。その陰で人口ボーナスの終了、家計債務の拡大といった灰色のサイへの対応は放置されたまま。いまだ経験したことのない二つの危機に、習指導部はどのような処方箋を示すのか。今年の全人代が、大きな試金石となる。


出典:3/3毎日新聞【上海・工藤哲、北京・赤間清広、河津啓介】
posted by Nina at 03:06| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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