’89年の坂本堤弁護士一家殺害事件の頃からオウム真理教の取材を続け、’94年には教団から命を狙われたジャーナリストの江川紹子氏は 「刑事事件としての真相は裁判でほぼ解明されていますし、相当の時間と経費も費やしてきました」とはなす。
一審では、初公判から判決まで7年10か月をかけ、257回の公判が開かれた。しかも麻原には、特別に12人もの国選弁護人がつけられ、その弁護費用は4億5200万円にも上った。
「控訴審で公判が開かれずに一審での死刑判決が確定したのはおかしい、と主張している会がありますが、これは麻原の弁護人の戦略ミスで提出すべき控訴趣意書を提出しなかったためです」
「治療によって麻原に真実を語らせるべきだった」とする意見に対しても、江川氏はこう反論する。
「裁判所も拘禁反応が全くないとは言っていませんが、MRIや頭部CTなど器質的な検査も含めた精神鑑定も行い、彼自身や他の法廷での言動を細かく分析して、訴訟能力はあると判断したのです。麻原は自身の裁判では(意図的に)支離滅裂な発言を繰り返してきましたが、元部下の裁判では自分に都合の良い主張ばかりを雄弁に語っていました。とても訴訟能力がないとは思えず、仮に治療したからといって真実を語るとも思えません。同会は明らかに事実を軽視しています」
事実を正しく伝えていなかったのは、一部文化人に限らずマスコミも同じである。
’93年ころまで、SPA!をはじめメディアの多くがオウム真理教を好意的に報道しており、江川氏は「とても苦々しい思いだった」と振り返る。その最たる例が『朝まで生テレビ!』(’91年放送、テレビ朝日系)での、「幸福の科学vsオウム真理教」と銘打った回だ。
「幸福の科学は教祖不在、オウム真理教は麻原を含め幹部がズラリと出席。万全の態勢で臨み、放送で麻原の弁舌を見た人の中にはオウム真理教に入信してしまった者もいます。坂本さんの事件のときは、事件現場にオウム真理教のバッジが落ちていたことを受け、当時教団の広報担当だった上祐史浩はマスコミに対し、『教団のバッジをつけて殺害に行くなんて常識的にありえない』と詭弁を披露。結果、多くの人がその言葉に騙されました。そして最近の“真相は闇の中”報道でも世論に正しく情報が伝わっているとは思えません」
【江川紹子】
オウム真理教の取材の功績が評価され、’95年に「菊池寛賞」を受賞。麻原の四女の未成年後見人を務めたことも。著書に『オウム事件はなぜ起きたか』(新風舎文庫)など多数
出典:日刊SPA8/13
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