病院で経鼻チューブを着けたところ、患者さんはそれを抜こうとするために、左手が動かないように拘束されました。患者さんの娘さんはそのことをとても申し訳なく思っていました。そこで、在宅医療に詳しい永井医師は「食べられるなら、少しでも自分の口から食べさせてあげられるように、リハビリもしていきましょう。でも、経鼻チューブでは、飲み込みの障害にもなり誤嚥のリスクも高くなります。様子を見て、落ち着いているようなら高齢ではありますが、胃ろうの増設をするというのも一つの選択肢かと思います」と娘さんに提案をしました。ただ、経口からある程度食べられるようになれば、経鼻チューブを抜いて口から食べられるだけ食べて、自然に看ていくという選択肢もあることも併せて説明しました。
選択に迷う娘さんに、私は話しました。「お母さんがもし今、昔と同じように判断ができて話せるとしたら、どのように答えると思いますか?お母さんの命はお母さんのものです。家族の思いもあるでしょうが、一番尊重すべきは、お母さんの思いです。お母さんは今は自分の意思を表明できませんが、お母さんの生き方や価値観、人生観を一番よく知っているのはご家族です。お母さんの気持ちに思いをはせて考えてみてください」。それを聞いた娘さんは大きく頷きました。
退院して、在宅看護の当初は、経鼻チューブから1700mlもの栄養剤と水分を注入していましたが、注入後、ゴボゴボと戻したり、口の中の唾液を吸引しなければならない状態でした。几帳面に注入量を守ろうとする娘さんに、「決まった通り注入しなくてもいいんですよ。元気な人でも食事がほしくないこともあります。ゴボゴボいうときは注入量を減らしたり、1回注入を飛ばしたりしてもいいんですよ」と話ししました。 娘さんは決断できずにいましたが、その後も何度か経鼻チューブを引き抜いてしまった幸子さんに「やはり、お母さんは経鼻チューブを嫌がっている」と思うようになりました。できるだけ口から食べさせたいという気持ちも後押しし、もし、胃ろうができるなら胃ろうにしたいと思うようになりました。病院に連絡し、胃ろう造設のために入院することになりました。病院の医師からは「胃ろうの増設の手術自体は簡単ですが、年齢的にも手術中に亡くなるリスクはある。それに、胃ろうにしても誤嚥はする」と説明され、胃ろう造設について悩んでしまいました。娘さんは、もし今、お母さんが意思を表示できたなら、鼻の管も抜いて口から食べられるだけで、自然に逝きたいと言うはずだと思うようになりました。
「先生、やっぱり、胃ろうは作りません」そういって娘さんは、幸子さんを自宅に連れ帰りました。それからは経鼻チューブをつけたままで、幸子さんの意識がはっきりしているときに少しずつ経口摂取をしましたが、摂取できる量はごく少量でした。むくみや嘔吐もあり、口の中の唾液の吸引も必要でした。さらに悪いことには心不全の兆候も出ていました。心臓の負担を軽減するためにも、そしてむくみや唾液を減らすためにも、徐々に注入量を減らしていったのです。娘さんは、幸子さんは経鼻チューブを望んでいないと思っていたので、経鼻チューブを抜くべきかどうかといつも私たちに相談されていました。そのたびに当院の医師や訪問看護ステーションの看護師は、娘さんと一緒に悩みました。そして「この問題に正解はありません。一緒に悩んで、本人とご家族が最も後悔のない選択を探しましょう!」と話していたのです。 経鼻チューブからの注入量を減らしていくと、むくみもなくなり、唾液の吸引をすることもなくなりました。そして、穏やかに幸子さんは旅立ちました。
幸子さんが亡くなって1ヶ月が過ぎた頃、娘さんとお孫さんが来院されました。次女さんが質問をされました。「先生、本当は母は胃ろうは望んでいなかったと思うのですが、胃ろうを作ってしまいました。どうしたらよいのですか?」と。そこで「胃ろうつけられたのなら無理に外すのではなく、いい状態であれば、それを維持すること。口から食べられるようであれば、少しずつでも食べさせてあげる努力をしてはどうでしょう。痰や唾液が増えて吸引が必要になったり、体にむくみが出るようになると、それは胃ろうから注入しても体で処理ができなくなってきたサインです。喀痰吸引が不要で、むくみも出ない程度にまで、少しずつ注入量を減らしていくのがお母さんが一番楽になる方法ですよ」とお話ししました。 その後、当院に訪問診療を希望され、訪問診療を開始しました。長女さんも次女さんもさまざまな社会活動をされていたため介護に専念できず、お母さんの介護は24時間の家政婦さんにお願いしていましたが、手厚い介護に状態は落ち着いていました。
ある訪問診療の日、「このところ無呼吸が多くなってきています。無呼吸で呼吸が止まったときにどうされますか」という話を医師がしたところ、娘さんは「自分たちがいないときに亡くなるのはかわいそうだから、急に息が止まったときはマウスツーマウス(口から直接息を吹き入れる救命救急法の1つ)をしてほしい」と言われたのです。医師は、老衰で亡くなるような状態なのに蘇生を試みることの意味やお母さん自身はどう思うのかといった話をしましたが、娘さんたちは納得されませんでした。そして、無呼吸はお母さんの体が脳の障害等で老化してきている症状であることも説明しました。「先生の話を聞いて私たちの肩の荷がおりました」と胸をなで下ろしていました。娘さんたちは、本当は母親を看てあげたくてたまらないけれど、仕事の関係で看てあげられないことを申し訳なく思っていたようです。息を引き取る瞬間に立ちあえないことに罪悪感を感じていて、家族が駆けつける可能性を高めたかったのかもしれません。医師の話をきいて、マウスツーマウスはしない方針となりました。できるだけ自然に、お母さんが苦しまず、天寿を全うできるように介護をしていく方針となりました。
「亡くなる瞬間を誰かがみていなくていい・・・」この言葉は、家族を看取ろうとしている介護者に必ず説明しておくべきと思います。
98才の男性の事例では、足腰が弱り、ある日を境に立てなくなって、胎児のような姿で寝ている時間が多くなってきたのですが、娘さんは「病院に行く気はありません。これが自然な経過だと思っています」とおっしゃっり、喜久男さんが食べられるものを作って食べさせていました。
主治医が「あと1週間くらいだと思います」とお伝えした時も、娘さんは落ち着いて受け止められ、「父は静かな良い時間を過ごしています」と喜久男さんの最後の時間に寄り添っていました。それから数日後の早朝、娘さんから「深夜1時前に息を引き取りました」と連絡があり、その日当番だった私が伺いました。看護師が娘さんと一緒に喜久男さんのお身体の清拭したのですが、口の中をきれいにしていたら喜久男さんのお顔がぱあっと笑顔になり、それがとても印象的だったとのことです。病院だったら、家族は病室の外で待たされ、清拭が終わった途端に○時までには病室を開けてくださいと言われるでしょう。先に看護師が伺っていたのですが、彼女は喜久男さんに初診の頃から関わっていたので、医師が到着するまでに喜久男さんのことをいろいろと話していたようです。
訪問診療に伺うと車椅子に座ってニコニコと迎えてくれていた喜久男さんからは想像ができないそうなのですが、娘さんの話では、喜久男さんは入院中、病室に尿を撒き散らすなど暴れていたのだそうです。娘さんは介護が初めてで、最初は不安が大きかったのですが、喜久男さんは自宅に帰ってからは落ち着き、穏やかになっていったそうです。
あと1週間と言われた時、近所の神社のお祭りに合わせて孫たちが帰ってくる予定だったので、間に合えばいいけれどという心配も杞憂に終わり、子や孫、ひ孫、玄孫にまで囲まれてにぎやかな時間を過ごされたそうです。
しかし、在宅看取りを可能にするには、少なくとも2つの条件が必要だと思われます。1つは家族が(場合によっては患者本人も)死に向き合えている関係であること。2つ目は自宅介護や家での看取りに不安がない、仕事である場合にも支援者が得られる条件があること。 これらは裏を返せば、『医療従事者が患者さんやご家族にどのように臨終に向き合っていられるか』ということです。主治医がいない場合は患者の死に向き合えず、予後や告知を避けていているようでは、ご家族は死に向き合えませんし、訪問診療の回数や在宅サービスが不十分な地域では、患者さんやご家族が不安を感じてしまいます。
理想的な看取りを可能にするかどうかは、地域医療の柱となる主治医や医療従事者にかかっているのです。
2018年06月29日
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