愛・地球博の時に、このレプリカ(復刻版)を展示しようとアイデアの下に100人以上の技術者と最新機材を投入したが、細工が細かすぎたうえにぜんまいバネの真鍮が作れず、ステンレスで代用するが、開催初日には間に合わなかった。よってたかって100人の現代的な知識をもってした技術者が舌を巻いたのだ。
田中久重は、これらを独学で勉強、さらに蒸気機関の勉強もして、蒸気機関車や蒸気船の動く小型模型の製造にも成功していた。 佐賀藩に招かれ、国産初の蒸気船を製造。佐賀藩内に反射炉を設備し国産大砲を大量生産。幕末維新の際佐賀藩はこういった技術や人材の流出を防ぐため、国内鎖国をし国境を閉ざしていたが、鳥羽伏見の戦いの時も静観していたので薩摩などは佐賀討伐を考えたが、藩主が上京し新政府に加わると、田中が作った最新鋭の兵器で旧幕軍を粉砕(上野戦争など)したという。
なんと、幕末の際に肥前佐賀藩が明治の藩閥政治の代表格、薩長土肥になれたのはこの田中のおかげだった。 大隈重信は少年時代の時に見た田中久重が作った蒸気機関車の模型で、蒸気機関車の重要性を理解していて日本初の鉄道に着手したのだと言われる。
明治になって、田中久重は東京に移って田中製作所を設立した。息子の二代目久重が引継ぎ芝浦に移転。後に東京電気株式会社を合併。東京芝浦電気株式会社と社名を改め、今の東芝となったのだった。
「からくり儀右衛門」といわれた田中久重のように、現・東芝には窮地を打開して欲しい。
【関連する記事】
- ウマく行くにはリスクを恐れない
- 国連標語の一つ「観光は平和へのパスポート」
- 『反日種族主義』、日韓で賛否
- 地震に対応、ウマく行きますよう
- 読書した時はメモ
- 新春 押しの一手
- 市制55周年、日韓国交正常化60周年、戦後80周年を振り返る
- 2026年へ、平和への祈り
- そして、来年にも「冬ソナ」再々再々再々放送!?
- ラムザイヤー教授へ、韓国内で擁護の動きも
- 731部隊に関する新たな機密文書が公開に
- 米共和、民主両党の議員が、中国を非難、日本支持
- 安青錦新大の日本語も達成最速
- “HIKARISM”をハリウッドへ
- 日本にある伝家の宝刀
- 沖縄額の祖、伊波普猷
- 千代に八千代に平和である為に
- 高市氏にも変化の兆し
- 中国の誤認識の元は「柵封」関係にあるのか
- マンネリは敵だそうです


