1947年、敗戦の日本に続々と派遣される米国進駐軍。軍楽隊出身者が、進駐軍慰安施設のステージで、かつての敵国であるアメリカの兵士達米兵相手に演奏を続けていた。いさかいも生じるが、やがて音楽を通じて、かつての敵である米兵との間に友情が芽生えるが、平穏な日々は長くは続かなかった……。(阪本順治 2003年/日本)
この頃、日本では国外戦地の戦死、地上戦のあった沖縄での死別はもちろん、国内の軍都・産業拠点への度重なる空襲で生き別れになったり、広島・長崎で被爆という悲しい現実がすぐ身近にあった。戦地から帰ってきた若者たちには虚脱感からヒロポン(覚醒剤の一種、1951年に禁止)が蔓延した。日本で戦争の過酷な歴史が、続いていた。他方、米兵はさらに朝鮮戦争への派遣が続いて、多くの血がながされていた。国籍が違うだけで、人と人が命令によって戦場で殺し合う、理解することが閉ざされてしまう。
米兵たちの米軍娯楽施設でジャズを披露する、健太郎(萩原聖人)、一城(松岡俊介)、明(村上淳)の3人。自称・ドラマーの省三(オダギリジョー)と、トランペッター・広行(MITCH)も加わり、「ラッキー・ストライカーズ」として、バンド演奏を続ける。そんな彼らに苛立ちを覚える軍人・ラッセルの登場により、真剣に音楽に目覚めた健太郎たちは、彼の作曲した曲を練習するようになった。しかし、仲間のように親しくなったラッセルが戦地で亡くなったとの知らせが届く。米兵は日本占領軍として駐屯するだけでなく、戦地となった朝鮮半島(さらには、ベトナム戦争)に向かう。彼らが演奏する中で、次の朝鮮派遣者の呼名は続いた。日本が戦争特需で一息つくようになっても、多くの殺戮、戦場での凌辱、憎しみの連鎖が続いていた。最後は次のテロップで終わる。