この日、たまたまではあるが、貴重な映画をみた。社会派監督の熊井啓によって作製された『海と毒薬』だ。遠藤周作の小説(1957。第5回新潮社文学賞、第12回毎日出版文化賞受賞作。)を原作にして、「神なき日本人の罪意識」という重いテーマを監督自らが脚本を書いた。1969年に脚本は出来上がっていたが、その内容のためスポンサー探しに苦戦し、実際に映画化されたのは17年後の1986年のことであった。前評判を覆し、ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞したが、今ではなかなか上映されない。
<あらすじ>
太平洋戦争中に、捕虜となった米兵が臨床実験の被験者として使用された事件「九州大学生体解剖事件」の実話を題材とした小説。大学病院での、医学部長と医師らによる回診の様子は、ヒエラルキーの権化、人によって上下関係を鮮明にする世界だとカメラワークで見せる。そこには助かる見込みのない患者である「おばはん」が実験材料として使われようとすることに、見習医師は憤りを感じるが、教授たちに反対することが出来なかった。当時、橋本教授と権藤教授は医学部長を争って、橋本は前部長の姪である田部夫人の手術に失敗し、死亡させていた。そこで、医院長選抜の前に名誉挽回しようと、B29の搭乗員であった捕虜を生体解剖を行い、勝呂(奥田映次)と戸田(渡辺謙)、婦長(岸田京子)も加わった。
作中では九州帝国大学ではなく「F市の大学病院」とのみあり、登場人物も同事件に関わった特定の実在人物をモデルにしたものでない。遠藤が九州大学病院の建物に見舞い客を装って潜り込んだ際、屋上で手すりにもたれて雨にけぶる町と海とを見つめ、「海と毒薬」という題がうかんだという。「運命とは黒い海であり、自分を破片のように押し流すもの。そして人間の意志や良心を麻痺させてしまうような状況を毒薬と名づけたのだろう」との山本健吉の評がある。
熊井作品と受賞:
帝銀事件 死刑囚(1964年)ペザロ国際映画祭コンペティション参加
日本列島(1965年)モスクワ国際映画祭招待作品
黒部の太陽(1968年)
地の群れ(1970年)ベルリン国際映画祭コンペティション参加
忍ぶ川(1972年)モスクワ国際映画祭コンペティション参加
朝やけの詩(1973年)ベルリン国際映画祭コンペティション参加
サンダカン八番娼館 望郷(1974年)ベルリン国際映画祭コンペティション参加(銀熊賞 (女優賞))、アカデミー外国語映画賞ノミネート、アジア太平洋映画祭コンペティション参加
他、多数
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