2017年05月31日

有力力士が常磐線沿線で次々誕生!

高安は土浦第一中学校では野球部に所属し中堅手として活躍していた。父が日本人、母がフィリピン人という家庭に生まれた。今年、3月場所は初日から同部屋の横綱・稀勢の里と共に10連勝。同じ部屋の力士による初日からの10連勝は、2004年3月場所の高砂部屋の横綱・朝青龍と当時平幕の朝赤龍以来13年ぶり。しかし11日目から3連敗。それでもこの場所は12勝3敗で殊勲賞を獲得。4月21日、父親の出身地であり自身も幼少期に数年間住んだことがある茨城県水戸市での春巡業に参加。偶然にも、前夜に宿泊したホテルの目の前はかつて、両親がレストランを開いていた場所で、当時は記憶も定かでない幼稚園の前の時代だが「懐かしい。思い出しますね。何となく覚えている。思い出すのは、父親と散歩したことかな」と懐かしんだ。 2017年5月28日、5月場所を11勝4敗で終え、大関昇進直近場所成績、目安となる33勝を超え、34勝を記録し、取組後、12代二所ノ関(若嶋津)審判部長が高安の大関昇進を議題とした30日緊急の臨時理事会で、大関昇進が決定した。

父の勧めもあり中学卒業と同時に鳴戸部屋に入門し、2005年3月場所において初土俵を踏んだ。「もともと相撲に大した関心はなかったが、中学卒業を前に興味本位で訪れた鳴戸部屋で、当時の師匠に大きな手や足を触られて褒められると、すぐにその気になった」と当時を説明する報道もある。入門時で既に180cm・120kg、足の大きさ33cmという恵まれた体格、鳴戸から「ゴムマリのようだ」と評された体質から将来を嘱望されていて、その期待に違わずに順調に番付を上げていった。

もっとも、鳴戸部屋の厳しさに耐えられずに何度も脱走した。特に4度目の脱走では、赤信号で停車した隙に、乗っていた車から飛び出したという。脱走に関する本人の記憶は、「15歳で慣れない環境だったから。いい思い出です」と語っている。脱走の常習犯が、2010年9月場所では、西幕下13枚目の位置で7戦全勝の成績を挙げて幕下優勝を果たし、内規により翌11月場所において新十両へと昇進し、舛ノ山(千賀ノ浦部屋、高安と同じく日比ハーフ)と共に、平成生まれでは初となる大関となった。ビジュアル系バンドMUCC(ムック)のドラマーSATOちは従兄弟にあたり、本人も歌が得意で音感がいい。AKB48の元メンバーでタレント・女優の秋元才加は幼なじみで、お付き合いを噂されている。スター性のある日本出身の大関が誕生した。

posted by Nina at 09:54| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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