しかし、まさかの坂とは選挙の時だけではないと思った。横綱の支度部屋では静かに「やるからには最後までやりたい」と、史上8人目の新横綱Vは極めて難しくなったが、千秋楽の出場を明言した。救急車で搬送されてから約22時間後、土俵に立った。横綱土俵入りは、肩から二の腕にかけてテーピングで固めた。「相手に弱みを見せることになる」と拒んできた流儀を曲げた。
その日、情報漏えいを防ぐため、部屋には“かん口令”が敷かれた。前夜から宿舎は閉門。横綱の帰宅時は若手力士が守った。部屋関係者も「大丈夫」と繰り返すばかり。14日目の朝、話し合った末に出場を許可した田子ノ浦親方(元幕内・隆の鶴)は取組後、さすがに「自分の相撲を取れていなかった」と肩を落とした。対戦相手の横綱・鶴竜も気になるようで、決着がついた土俵ぎわで、鶴竜は抱くように支えるしぐさが互いに辛い。
2001年夏場所千秋楽。横綱・貴乃花は前日に右膝を大けがしたが、父で師匠の二子山親方(元大関・貴ノ花)の休場勧告を振り切った。横綱・武蔵丸に本割で敗れながら優勝決定戦を制し、日本中を感動させた。しかし、そのための代償は大きく、翌場所から7場所連続全休。復帰3場所目で引退へ追い込まれた。危険を伴う強行出場。田子ノ浦親方は「出場は正解か?」と問われ「自分(師匠)の責任だから。明日も取る」と、花道を行くものの応えとなった。
照ノ富士との対戦、決勝戦に至るまでの二番で奇跡の逆転劇は、後々まで語り継がれる土俵となった。
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