家事をしない夫、不機嫌な妻……。配偶者の悪口が一種の社交辞令のように飛び交った昭和な光景を尻目に、日本でも新しい夫たちが生まれつつある。
●ライフワークバランス
IT企業に勤める41歳の男性は自分を愛妻家だとは思っていないが、「家族を大切にする派」という認識でいると、こう話す。
「僕は、平日はだいたい18時には家に帰っています。妻と子どもと一緒にいる時間を長くしたいので、土日はほぼ家にいます」 「両親の仲が良く、家庭を大切にしていれば、子どもにも良い影響を与えると思います。今後は男女平等で共働きは当然になってくるので、子どももそういう感覚を持ってほしい」
今は育児休暇中の妻が家事をメインで担当しているが、職場復帰したら男性のほうが帰宅が早いので、家事をメインでやることになると言う。
「業界によって多少差があると思いますが、IT業界は新しい業界ということもあって、男女平等色や非学歴主義が強く、女性ともイーブンの感覚が多いと感じます。子育て支援がしっかりしていて、愛妻家が多い会社だと、子育て中の共働きの女性も働きやすいので、子育てで仕事を諦めざるを得なかった優秀な人材が入ってくるというのは最近よく聞きます」
つまり家庭を大切にする価値観のある会社は、人材の取りこぼしも少なく、実績も上がっていく。これを裏付けるように、人材コンサルティング会社に勤める44歳の男性も、次のように語る。
「最近では、男性の育児休暇を奨励する会社が増えてきています。そして、転職を考える優秀な人材は、そうした価値観の企業を希望するケースが多いんです。ライフワークバランスという言葉が広まっていますが、ダラダラ仕事をせず、人生全体の充実をバランスよく考えられる人というのは、仕事でも効率よく成果を出していく」
自身も家事・育児に積極的に参加することで、女性が活躍しやすい会社とはどういう会社か、社会にどんな問題があるのかが明確になってきたという。
「経営者が家庭を大切にできていなければ、人材を大切にする会社にはならないと感じています。これが今後の『理想の企業』のスタンダードになっていくのではないでしょうか」
先進地は愛妻家であることはステイタスのようだ。スイス・ティチーノ州の人文学センター(CIU)研究員で人類学者の三井秀子さんは、「4年以上を過ごした香港やマカオの夫婦のあり方を見ていると夫婦仲は良くて当然なものであるという感覚があり、素直に『奥さん大好き!』な男性たちでした」という。また、三井さんが大学院時代を過ごした1990年代のシリコンバレーでの愛妻家事情をこう語る。
「その頃のシリコンバレーはスタートアップの最盛期にあり、たとえばヤフー!の創始者のひとり、ジェリー・ヤンさん夫妻のような『同級生カップル』が支え合い活躍する姿は一つの理想の形を成していたように思います」
それぞれ活動の分野が違っていたとしてもお互いがあってこそ活躍している夫婦のことを「ハズバンド&ワイフチーム」と呼んでいたという。起業などのいちかばちかの勝負で、共にリスクをかぶるステークホルダーになるという意味での「チーム」で、試練も成功の喜びも失敗の苦しみも共有して支え合うような相棒、同志としての夫婦が多く見られたという。
「そこではそういう『チーム』としてのカップルがむしろ標準だったように思います。もちろんゲイ・レズビアンの『チーム』もたくさん。変化の激しい世界、荒海を共に泳ぐ同志であり相棒であり兄弟姉妹のような関係で、それは『連帯』という言葉が似合うものです。子どもがいるいないにかかわらず、そういった連帯が基礎にある『家族』をつくっている人たちによっても創造される躍動感を、当時のシリコンバレーではとくに強く感じたように思います」恋人・夫婦仲相談所所長の三松真由美氏も、メリットをこう話す。
「なぜこの人は怒っているのか、悲しんでいるのか、落ち込んでいるのか、という他者の気持ちを察する力は、社会で生きていくうえで最も重要なスキル。妻という身近な他人を大切にするということは、他者への配慮力を磨くことにつながります」
ただ家事というタスクを分担しただけでは、お互いを「思いやって生活している」ことにはならない。では、どうすれば夫は愛妻家と認識されるのだろうか。
「妻側が抱え込まずに、何でも話してくれるといいと思います。男は『察する』ということが苦手。どんなことが不満か、つらいか、態度で気持ちを表すだけでなく言葉にして話してもらえたら、夫はその苦しさに気づくことができます。『本当は掃除が苦手なんだ』『本当はこういう仕事をしてみたいと思ってる』など、『実は○○だ』という本音を見せてくれたら、男性も妻のことをもっと理解でき、大切にしたくなります」(小菅氏)
ただ感情をぶつけて、それを理解してもらえないことに悲観するだけでは、悪循環から抜け出すことはできない。もとは他人だからこそ、話さなくては理解されないということを、妻側も忘れてはいけないのだ。また三松氏は、これからの時代を生きる夫婦は、2人で将来設計を組み立てることが重要だという。
「言葉通りに家事・育児の時間や労力を均等に割っておきさえすればいいというフィフティー・フィフティーという思考でいてはダメ。お互いの強みを洗い出し、妻のほうに社会的地位や年収が高まるチャンスが訪れたら夫がそれを立て、そのターンでは家のことを引き受けるべき」
お互いの生き方、今後の人生設計を洗い出し、2人のチャンスをうまく生かせる設計をすることで、家庭経済も向上し、本当の意味で女性が活躍できる社会ができあがっていく。
「愛妻家」というライフスタイルが、社会を変えていく可能性があるのではないか。
出典:AERA (2017年3月20日号・大西桃子)
2017年04月01日
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