【あなたのおかげでいい人生だった】2692
小林正観氏は、『運命好転 十二条』(三笠書房)で、神様は「私は幸せだ。ツイている」と言う人、そう口にできる人を応援するように思えるという。たとえば、家族の前で「私くらい幸せな人はいない。私ほどいい人生を送っている人はいない」とつぶやいたとします。その声はたぶん夫にも聞こえ、子どもたちにも聞こえることでしょう。簡単なようでいて、実践してみようとするとなかなか言えないものです。
その声を聞いた夫はこう思うのです。「自分と一緒にいて幸せだと言っているんだな。」と。
その結果、夫の細胞は活性化します。そのひと言によって本人も気がつかないところでどんどん元気になります。「あなたのおかげでいい人生だった」と言われたようなものですから、元気が増すのです。
子どもたちの立場で考えてみます。
お母さんが子どもたちとの一緒の十数年の人生が楽しかったと言ったわけです。
子どもたちはその母親に対してこう思います。
「ああ、お母さんは私たちと一緒の人生を良かったと考えているんだな」と。
そう思った瞬間に、子どもの細胞も活性化します。 元気になります。
友人に対しても同じことが言えます。
「ああ、私くらい幸せな人はいない」「私は本当に恵まれていて、いい人生を送らせてもらっている」と友人の前で言ったとします。たとえば、その友人と10年のつき合いだったとしたら、そのつき合いの10年も含めていい人生だと言われたわけです。 自分たちの存在もその幸運でラッキーな人生の中の一部ととらえることができます。その言葉を聞いた途端に友人たちも元気になるのです。
まわりの人はその言葉を聞くことによって元気になるので、その人のそばにいる時間が心地よくなります。
その人のそばにもっといたいと思うようになります。ですから、「私は幸せ」「私はとてもツイている」と、口にすればするほどまわりの人がどんどん味方になっていきます。これは、もともと明るく元気な人ほどそう思います。
ところが、謙遜のつもりで、それほどでもない、だめだを連発していると、そいういうことを口にする人のそばからツキ、幸運は離れていきます。
ですから、「私はついてる」「幸せ」と口にする人のまわりには、前向きな言葉の好きな明るい人、快活な人、元気な人が残ります。さらにそういう言葉が好きな人が集まってきます。
小林正観は、運についてこう語る。
「たとえば、過去形で『自分は運が良かった』と言ったとします。
するとその人は、『運がよかった人』になります。
つまり、自分が『運』をどのように認識するかによって、今までのこと、現在・未来のことが、全部『運』が良かったり、悪かったりに変化します。
事実としては何も変わっていませんが、自分の認識によって『価値』が変わるのです」
すべては、その人の「見方次第」「考え方次第」。
たとえ、事業で失敗したり、病気になったりしたとしても、そのことのおかげで今は、「ツイてる」「幸せだ」「運がいい」と言える人は神様から応援される人。
神様から応援される人は、家族や友人などまわりの人から応援される人でもある。
「私は幸せだ。ツイている」、「あなたのおかげでいい人生だった」と
どんなときも言える人でありたい。
2017年01月10日
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