2016年07月13日

反省をするべきは誰


2006年2月、無言の帰国をした100人目の英兵士 Shane Wilkinson/MoD/Handout-REUTERS



<フセイン大統領が大量破壊兵器を持っている、という米英の誤った諜報情報から始まったイラク戦争。国民を違法な戦争に駆り出し、多くの犠牲者を出し、戦後の安定化に失敗し、ISISを生む土壌にもなったこの戦争の真実をイギリス人は今も追及し続けている。来週発表される英調査報告書で、遂に政府のウソが明らかになるかもしれない>

 7月6日、英国でイラク戦争を総括的に検証する「イラク調査委員会」(ジョン・チルコット委員長の名前から、通称「チルコット委員会」)が報告書を発表する。260万語で書かれた、膨大な書類となる見込みだ。開戦当時首相だったトニー・ブレア氏がイラクへの侵攻の決断をどこまで批判されることになるのかが注目される。英国民にとって忘れられない痛みと怒りを想起させるイラク戦争の全貌を明らかにする試みとなる。

英国民にとってどうしても忘れられない戦争

 イラク戦争開戦(2003年3月)からもう13年以上が経つ。

 シリアとイラクを根城にする過激派テロ組織ISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)が生まれる前のイラク、サダム・フセイン大統領が統治していた時代のイラクはずい分と昔のようにも思える。

 しかし、英国民にとってはどうしても忘れられない戦争だ。百万人単位の反戦デモが発生した開戦前夜から現在に至るまで、その節々の時に何が起きたのかが鮮明に記憶に残る。

 なぜ忘れられないのか?

 それはジャーナリスト、ピーター・オボーンがかつて言ったように「エスタブリッシュメント(社会の支配者層)への信頼感がガラガラと崩れた」戦争だったからだ。

 戦争の全貌がようやく明らかになるチルコット委員会の報告書を、開戦当時の政権関係者は恐れを持って待ち、戦死した179人の英兵の遺族を含む国民は「今度こそ、真実が解明される」と思い注目している。

世論が真っ二つに割れる中、空爆を開始

 検証作業の原動力となったのは国民の「ブレア政権に裏切られた」、「なぜこんなことになったのかを知りたい」という強い思いだ。メディアが国民を後押しし、解明への機運を持続させてきた。

 開戦前、トニー・ブレア英首相(当時)は、ジョージ・W・ブッシュ米大統領(当時)とともに「イラクは大量破壊兵器を持っている」、「フセイン大統領による世界的な脅威がある」などを理由としてイラク侵攻を主張した。ブッシュ政権と「ともに戦う」姿勢を示した。

 この時、多くの知識人が「新たな国連決議がなければ、武力攻撃は違法ではないか」、「大量破壊兵器は本当にあるのか」と指摘し、メディアもブレア政権の主張を批判的に報道した。全国各地で大規模な反戦デモが何度も発生した。

 英国全体が戦争支持と反対で真っ二つに割れる中、議会で参戦決議を可決させた政府は2003年3月20日、米国とともにバグダッドへの空爆を開始する。

 英米軍を中心とした多国籍軍の圧倒的な軍事力により、フセイン政権は間もなくして倒れた。しかし、大量破壊兵器は見つからなかった。

独裁政権を倒した後に平和で民主的なイラクができる──そんな米英側の青写真は、その後の数年で見事に打ち砕かれた。イラクを占領下に置いた米国はイラク軍の解体、フセイン政権時代の与党バース党の解党を進めて党幹部に対する公職追放を実施したが、職を失い、怒り、武装したスンニ派とシーア派の内乱が発生するようになった。

 イラクはアルカイダなどのテロ組織の温床ともなった。ISISの前身「イラク・イスラーム国」がイラク中部ファルージャに生まれている。これにアルカイダ系戦闘員が合流して、現在のISになったと言われている。

 開戦から13年後のいま、バグダッドでは連日、シーア派を標的としたISIS(スンニ派)による爆弾テロが続発している。イラクは開戦前よりも治安が不安定な国になってしまった。

 2011年12月の米軍完全撤退時までに、米軍兵士は約4500人、イラクの民間人は少なく見積もっても10数万人が亡くなった──調査によって民間の死亡者は50万人から60万人規模ともいわれている。

「違法な」戦争に加担してしまったこと、多くの死者が出たこと、現在のイラクの惨状──そのどれもが英国民にとっては痛みであり、どうにも納得がいかないことである。

 英国を戦争に向かわせたブレア元首相、国会で参戦動議に賛成した議員たち、侵攻を可能にするためにイラクの脅威についての報告書を作った情報部の幹部たち、新たな国連安保理決議がなければ戦争は違法とする法的立場を途中から変えた法務長官――支配層に「裏切られた」と思うのは先のジャーナリスト、オボーンだけではなかった。

チルコット委員会までの長い道のり

 英国ではイラク戦争についての大掛かりな検証作業が数回にわたって行われてきた。

 税金を使った一連の検証作業が行われてきたのには、国民の側に「嘘の諜報情報で戦争に加担させられた」ことへの無念さと怒りが存在したことが大きい。

 しかし、チルコット委員会に至るまでの道は長かった。

 03年の下院外務委員会などによる検証では、大量破壊兵器保有についての情報が確かだったかどうか、侵攻が合法だったかどうかが問われたものの、「イラクの脅威は確かに存在した」と結論付け、国民の期待に十分に添うことができなかった。

<14日へ続く>
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
カテゴリ
日記(3535)
ニオュ(0)
歴史(0)
chiba(60)