2016年05月23日

物語を知らせるまち、は面白い

広島の尾道に近いところで生まれたという知人に、市が保存している志賀直哉の家が尾道にあると教えられたことがあった。我孫子には、白樺の中核の人々が住んでいたのだけれど、それほども公表していない頃の話だから、我孫子には一人ならずも白樺軍団の本拠地であったのに、我関せずの観、一方で一年にも満たないのに、そこまでするのかと驚いて確かめに行ったことがあった。行ってみて実感したのは、尾道市は白樺のまちでもあったという事だ。その頃は白樺美術館まで開いていた人もいたというのだから、芸術家を愛する人がいて、そうしたアピールがされるのだろうか。

千光寺に向かうさかみちの途中から少し横に入ったところに、志賀直哉の旧居があった。志賀直哉がここで暮らしたのはわずか半年ほどだったが、志賀がそこで草稿を練った、住んでいたということでも価値があるとして市で保存していた。千光寺よりかなり低いところにあって、尾道水道の眺めは素晴らしかった。旧居の中には入らなかったが、入場は有料(300円)。

我孫子の志賀直哉邸の場合は、これも市民が保存活動で、マンション建設で跡形もなくなってしまうのを防いだ。その後は、市民の陳情が議会に上がり、市が買い上げて公園となり、書斎部分が移築された。しばらくは近所の人が知る人ぞ知るという、さみしい場所で、実の所どこにあるのかだった。

価値があるものを知らないのか、遠慮がちなのだろうか、分からないまま、日が過ぎたが、次に市民から「柳兼子さんの碑を建てたい」との話がきた・・・



posted by Nina at 00:00| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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