2016年05月22日

物語りのある街

観光政策、観光まちづくり、見せるところがないまちよりは、魅せるまちであって欲しい。
魅せるものがあるのに気が付かないのは惜しい、例えば『白樺』の根拠地だったのが、わが街・我孫子だ。
しかし、白樺文学館が民間で作られる前は、ウンもスンもなかった感じだった。白樺嫌いなんじゃないかとすら、思えるほどに無関心だったのを変えたのが、「白樺文学館」の館長さんら熱意あるオープニングメンバーさん達であった。感謝、感謝!!そして、その後に、市で運営継続となり、今の我孫子市白樺文学館となった。(そんな、こんなでお隣り、近所で寄付をしようと話になり、街の一助に。)海津にいなも、そうしたエピソードを知れば知るほど、もっと知らせていきたいと思うことしきり。

最近は、WIKIPEDIAでも紹介されていますから、あちこちから 今風のまち歩き観光のリュック族が目白押しに着てくれる。もし、これがなかったら・・・・。

下記は、我孫子に来る前の3か月ほどを志賀直哉が過ごしたとされうる赤木の観光案内所に置いてあったパネルだ。白樺にちなんで、盛んに「白樺」の謂れを強調している感じだ。文豪・志賀直哉が滞在した、武者小路が来た、柳宗悦が、バーナード・リーチと来たとか、あること全てを強調するような大きな字にして、誇らしげだ。
それに比べて、エピソードだらけの我孫子は、逆に遠慮がちなくらい、地元では語られずにいた感じだった。
感動の物語を伝えて、物語のあるまちにしなくちゃ、宝の持ち腐れ、モッタイナイ。

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posted by Nina at 00:00| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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