2015年12月27日

和して同ぜず

「和をもって貴し」と聖徳太子が言われた。
「和して同ぜず」という論語の中の言葉がある。
人と和していくことは大事であるとか、そして協調しながらも、人として間違ったことや、主体性を失うようなことはしない、同じにしている事だけが良いのではないとの格言も好まれる。
日本人は、「和」ということを大事にする。

反対に、「同じて和せず」というのは困り者だ。なんでもかんでも調子よく同調するが、不本意なため、卑屈になっていく。協調性はない。これでは、自尊心を持っていない人。
話を聞く、可否の判断できる。自尊心があるからこそ、謙虚でいられるということも言える。

もっとも多くの人は、子どもの頃、あまりにまわりと違っているといじめられる可能性があると回避することを教わってしまうので、まずは周囲に合わせることをしてきた。
しかし、本当に自律している子どもは、周囲に合わせていたとしても、何か独自のパフォーマンスやキャラクターを持っていた。

現代は ITやAIが急速に進化する我々人類にますます必要となって、そこでは一段と創造性や想像性が重視される。つまり、オリジナルに、今までにないことを創造しなければ生き残れない。

農業、介護、金融など、たいていのことは、ロボットがやってのける時代が到来するかもしれない。車の運転を考えてみれば、遅かれ早かれ、だれでもがロボットに接して生活するようになる時が近いだろう。機械ではできない創造性が大事になる。そのためには、みんなと違うことをおそれない創造性豊かな人をめざす生き方が大事になるのだろう。

ジェリー・ミンチントン『あなたがなりうる最高のあなたになる方法』(ディスカヴァー出版)の中で次のような事を書いている。何も日本人の親だけが、周りと同じようにしなさいと子供を育てていたのではないということが興味深い。親として、心配は同様なのだと分かる、その上でこれからの生き方を模索しなくてはいけないと思った。
・・・・・・・・・・・・・

わたしたちはみな、「みんなと同じようにしなさい」と言われながら育ってきました。
まわりに合わせて、外れてしまわないようにと。
なぜなら、そのほうが「安心」だから。

多くの人は、自分と似た人といっしょにいると居心地がいいものです。
ですから、周囲とあまりにも違っている人は、批判や攻撃にさらされやすい。
親は、そのことをよく知っていますから、わが子の「安全」のために、みんなと同じようにしていなさいと子どもに言うのです。

そして、自分たちも安心します。
教師にとってはなおさらです。
自分とあまりにも違う子どもは理解できないし、もしすべての子どもが一人ひとり違っていたら指導はとてもたいへんなものになります。
つまり、みんなと同じでいることは、大人たちの利便性と安心のためなのです。

さらに、そうした大人たちの様子を敏感に察した子どもたちは、少しでも自分たちと違う子が周囲にいると攻撃します。つまり、いじめます。
自分にはしたくてもできないことをしているから。

たしかに、人と違っていることによるデメリットはたくさんあります。
けれども、アメリカの思想家、ラルフ・ウォルド・エマソンの言葉をここで紹介する必要もあるでしょう。
「人間は周囲の人に合わせることによって
いかに多くのものを失うかを考えなければならない」
失うもののひとつは、たとえば、自尊心です。

自分の行動の決定権を周りに委(ゆだ)ねるような生き方は、確実に、人の自尊心を損ないます。
では、自分らしさを大切にするために、どんなことができるのでしょうか。
間違えてはいけないのは、わざと人と違うことをするのではない、ということ。

そうではなくて、ただ、次の四つのことを行います。
@考え方  できるだけ自分の考えに従いましょう。
A決定  自分の経験と知識をもとに決定をくだします。
B行動  周囲の人がするから自分もするというのは賢い態度ではありません。
Cライフスタイル  既成概念にとらわれるのではなく、あくまでも自分の判断に従いましょう。

自分らしさを大切にすることもまた、失うものと手にするものがあります。
それらを比較して、自分の行動を自分で選んでください。


posted by Nina at 08:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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