2015年09月01日

ブラタモリ、日本の別荘史を紐解く

 どうして「日本一の別荘地」になったのかをテーマに、年間830万人の観光客が訪れる軽井沢にひそむ歴史の痕跡について、8月最後の土曜日(29日)の”ぶらタモリ”で取り上げられました。その際に三人の大学教授が案内をしていたが、一番目に紹介されたのが別荘研究では第一人者の安島博幸先生、我が恩師です。修士論文で「我孫子の別荘地研究」をテーマにするようにと指導いただき、大変にお世話になりました。先生の著書『日本別荘史ノート』は、このテーマで論述した研究書としては希少本なので一冊もっていますが、既に絶版です。
 
 当初、別荘などに関心のなかった海津にいなは、我孫子を別荘地として捉えたことなどなく、それを研究するなどというのは、おこがましいと考えていたのでしたが、考えを改めさせてくれたのが安島教授でした。良い別荘地の条件としてはとハケの道、湧水、そして富士山というの条件があるのですよなどと言われて、我孫子の地形が別荘地の要件に当てはまるとお教えいただいたのでした。そこで、一度おいでくださいとご案内したことがありましたが、白樺文学館にあるオーディオセットに目を留め、このメーカーの音響製品でもこれは特注品のはずで、相当な名品ではないですか!などとと感心されておられ、小さいながらも素晴らしい文学館なのだと認識するきっかけになりました。そんなこんなで、修論完成後も我孫子の歴史・文化に関心を持ってしまい、先生が立教大学から他大学に移られるなどの折に、嘉納治五郎の顕彰碑がある筑波大学に縁があったのか、更なる研究を続けることになって、現在は博士論文に取り組むということになってきました。それからは、国内の陶芸史跡ばかりでなく、英国・セントアイブス、カナダ・オタワ、米国・NYまでも足を延ばして調査を進め、韓国、中国、米国などの研究者とも知り合うようになり、なんだか遠大な調査研究になってきています。我孫子の地域研究として、役に立つ内容にしたいと頑張っており、なんとか完成させたいと思っているところです。今や、我が家の家族、さらに娘のお婿さんのご一家も我孫子の白樺派に関心を持ってくれるようになって、応援してくれるのが有難いです。

 安島先生のお蔭で、自分には縁もゆかりもないと考えていた別荘の歴史に関心を持ち、我孫子に起きた芸術家村が、日本の歴史上でもいかに希少な時期であったか、柳宗悦・兼子夫妻について研究を深めて、実際に海外の学会でも発表するなどの機会を得て、学者たちと意見交換するチャンスも得られ、21世紀のテーマとしても非常に意義があると思うところです。

 これが公共政策にも反映できるように期待しますと、外国人女性教授にも激励され、年齢なんか関係ないやり通すかどうかですと指導教授(女性)にも叱咤され、書いてまとめる難しさに苦しみながらも、女性でもやり抜くことが出来るロールモデルを目の前にして、歴史を紐解く面白さ、論文を書くという真摯な姿勢を知るようになりました。柳宗悦と兼子夫人というまたとない夫婦が主役なの芸術家村なのですから、今や世界的にもその思想と行動が再認識されて研究される人物なのだと認識を新たにして、辞めるに止められない状況、しかし、秋にもさしかかると、今後に想定されることなどに不安も頭をもたげています。

ブラたも.JPG たもり.jpg 

 さて、旧中山道の宿場町が、明治になって参勤交代が途絶して衰退の一途をたどっていた時に訪れた大きな転機が、外国人宣教師による別荘でした。その続きは、海津にいな著『我孫子における芸術家村の形成とその変遷』に明らかにしており、図書館に寄贈本を一冊入れましたので、地域つくりの書架においてあります。論文とはいえ、読みやすく、図版、写真も多数取り入れましたので、手にとって見てみてください。

 ブラタモリの再放送は今週末の日曜日、13時05分-13時50分、再放送でもご覧になれます。
(軽井沢の放送の再放送は、NHKの都合で延期。別途、放送の予定です)


posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
カテゴリ
日記(3393)
ニオュ(0)
歴史(0)
chiba(60)