陸上部員たちが一礼してからグラウンドに入っていくのを見て、なにしているのか意味がわからなかった、相手もいないのだからお辞儀だとは考えずに、走る前のストレッチかと本気で思っていたそうです。まさか、その場所にお辞儀するという事が思いもよらない。でも日本では、場所にも道具にも、よくお辞儀をしたいると、気づくようになりました。
サッカーの国際試合を見ていると、国旗掲揚で国旗にお辞儀、グランドにお辞儀、試合が終わって相手チームやお客さんにお辞儀して、またグラウンドにお辞儀。「日本にはいろんなものに神様が宿っている」を思い出せば、なるほど〜!と思います。グラウンドにもスタジアムにも柔道や剣道の道場にも、野球のバットにもグローブにもサッカーボールにも神様がいると考える。だからお辞儀もするし、大事に使う。
それこそ、日本の家には仏壇があって、自分が会ったこともないおじいちゃんのおじいちゃんのそのまたおじいちゃんみたいな人まで「ご先祖様」として大切にするのも、アメリカにはない文化です。ある日、私が菓子折りを持って知り合いの家に行ったら、菓子折りがいったん消えたんです。
だけど、子どもたちが「食べた〜い!」ってねだったら、お母さんが「じゃあ、おじいちゃんに挨拶してもらって来なさい」と言ったんですね。え、おじいちゃん、おるん? 私、まだ会ってないけど?と思ったら、仏壇にいらっしゃった!ので、驚いたというのです。
いただきものはまず仏壇に供える。 毎日、お水や白いご飯を取り替える。
ご先祖様を身近に感じられる習慣ですよね。
「お盆やお彼岸でご先祖さまのお迎えやお見送りまでする!本当に身近な存在!」
スポーツ選手が、自分がお世話になるグラウンドや、道場や競技場に文句を言うということは、自分の努力を棚にあげて、周りのせいにしていることだからだ。これは、自分の所属する学校や、会社、自宅、車や、愛用する道具すべてにおいても言えること。だからこそ、自分の大切な「場」に対して、感謝をこめて礼をする。
「国誉め」という神事があるそうです。これは古代、ある国に任命された役人が一番最初にやった仕事。
その国がどんなに素晴らしいかを褒めたたえるその行為が神事になる。
例えば、千葉県に住んでいて千葉の悪口を言っている人」などは、国誉めができていない。
古来より、日本では自分の住む場所を誉めた。 自分の長くいる場所をけなしたり、悪口や愚痴を言ったら、運は逃げていく。
それは、自分のご先祖に対しての想いと同じだというのです。 目に見えない多いなる支援に対して礼をつくすことは、結局は自分を大事にすることでもある。なぜなら、先祖を敬う姿を自分の子供たちは見ているから、それは連綿として続き、やがてはそれは自分にかえってくる。 昔から、日本では山や川、草木にもことごとくみな、仏性(神)が存在すると思われていた。
我・孫・子(われまごこ)を大事に思う、それは国誉めと同じ要領です。足りないところは直せばいい、しかし、足りてるところも思いつかず、国誉めができない市民ばかりだとしたら、とうてい発展はありえまい。誇れるわが街、楽しくなる街であるように、皆様と共に知恵をしぼりたいです。
今まで、我孫子を誉めた人の中で、もっとも印象的な言葉をいったのは、柳宗悦です。海津にいなは、「我孫子は、地上でもっとも美しい処のひとつだ」と思ったとい話を知って、あの柳宗悦(美学者、思想家としても世界的な評価が、むしろ21世紀になって高まっている)がそういったのだから、いかほどだろうかと、今、我孫子を見直し、研究調査を論文に纏めています。完成したら、是非、読んでください!?
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