それまで、私もどちらかと言えば政治家の言うことは信じられないと思っていた、しかし、我孫子に来て1991年の市長選で日本で最初の女性市長を誕生させようとの市長選があったころからこの街に女性市議が増え始めていた。結果的には、全国初の女性市長が誕生したのは我孫子に転入する前に住んでいた芦屋に同年に北村晴子市長が誕生したのであり、それは以前に私を含む母親たちが学校の健全化を進める運動のミニ集会を重ねていたことの蓄積だった。
社会に対し疑問を持つこと、不当な対応であれば「怒り」をももって権利をきちんと主張しなくては「皆の為にはならないのだ」と思った。そこまでになるのに何の影響があっただったろうか。私はまず、父と母の戦中世代のことを思う。戦中世代は、戦争の実態を「知らされなかった」ことによって聖戦に殉じる平民となり、報国少年少女、愛国婦人の意識を形成していった。まして、女性たちには参政権がなかった。
戦後70年で歴史を振り返ると天皇陛下もお言葉があった。現代、女性たちの考え方が尊重され、それを生かす事が求められる。本当に、動き出す市民が多くいたら地域は面白いと思う。
どう、皆様はお考えでしょうか?
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