2014年12月22日

魅力ある「船中八策」を生み出した竜馬、その軽さが身上です

坂本龍馬は、慶応3年(1867年)6月、いろは丸沈没事件を解決させたのち、京都に上洛していた前土佐藩主の山内豊信(容堂)に対して大政奉還論を進言するため、藩船の夕顔丸で長崎を出航し、上洛中の洋上で参政の後藤象二郎に対して口頭で「船中八策」を提示しました。海援隊士の長岡謙吉がそれを書きとめ成文化したとされています。

大ピンチに直面していても、その解決策に市中で歌を歌って相手を諌めるのですが、その際に世界に視点を向けて、そこから相手の非を痛烈に批判するという大芝居をうって、まんまと巨額な賠償金を得ています。最後は、最大限にハッタリをかます。龍馬は、ひとが思いもよらない奇策を用いて、しかも深刻になっらずに、ひょいとやってしまう。眉間にシワが寄っていたのではとても浮かばない発想です。

龍馬がいろは丸から勝ち取った賠償金はその後、岩崎弥太郎が引き継ぎ、そこから三菱グループが生まれ、そのとき「キリンビール」も誕生したということです。だから、キリンビールのキャラクターのデザインは、頭は「龍」で、足は「馬」。つまり、「龍馬」。 大ピンチを大チャンスに変えた「龍馬」へのリスペクトを込めてのデザインだそうです。

「なんでも思い切ってやってみろよ。
どっちに転んだって、人間、野辺の石ころと一緒。
最後は骨となって一生終えるのだから。
だから思い切ってやってみろよ」

これは龍馬が生前残した言葉ですが、この言葉どおり、龍馬は、どんな事態でも、深刻にならずに、人生を冒険として生き抜きました。それができたのは、人間、最後は、野辺の石となる身(いつか死ぬ身である)と、常に肝に銘じていたからです。

龍馬の話を知り、私は我孫子の未来を願い、船中七策を考え、それは手賀沼の遊覧船で思いついたこともあるので「手賀七策」としました。

「真剣と深刻とは違う。悲劇の主人公のような生き方は真剣とは言わない。真剣というのは、もっと軽いものである。真剣になればなるほど軽くなれる。『軽さ』の頭に『あ』をつければ『明るさ』になる。
真剣な人は『明るい人』である。」(行徳哲男・感奮語録)より

何かを本気で解決しようとしたら、それが難問であればあるほど、明るく、軽くなければ、物事は成就しない。暗くて、重くて、固ければ、柔軟な発想は生まれないからだ。深刻ではなく真剣に、そして、明るく、出来そうもないと思わず、軽やかにやってみる。龍馬にしても、柳宗悦・兼子夫妻にしても、水辺にて発想が軽やかに流れるのかもしれない。我孫子は水辺の多い地域なので、魅力的な街のはずだ。そんな街をもっともっと、面白く、楽しくしていきたい。ご支援よろしくお願いしまーす。

posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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