2014年08月31日

感動!きものに生きる日本の技!!

着物は日本の文化の象徴の一つだ。その生地の模様を染色する際の形紙の代表が伊勢形紙と言わる。単に染色用の形紙だけではなく、図柄の芸術性が評価され、美術工芸品や家具などのデザインにも使用されてきた。この型紙のデザイン性の高いことを認めた欧米の芸術家、デザイナーも多数いたことは、ジャポニズムの展開かれも、実は浮世絵ばかりではなかったことが明らかになってきている。

型染めに必要な材料と行程は次のとおりである。楮を原料とする手漉き和紙による型地紙、それを張り合わせるための接着剤の役目をする柿渋 そして防染糊とする糯米。これらの良質な材料に日本の気候風土が条件として加わる。型染めで重要な型紙の生産地は三重県鈴鹿市の白子、寺家町とされ伊勢型紙として知られている。応仁の乱で京都が荒廃したときに型紙職人がこの地に移り住み、藩が特権を与え保護して現在まで知られている。型染めの行程は非常に多くそれぞれに高度な技術を有する職人が担っていた。

その伊勢型紙は、伊勢市ではなく、三重県鈴鹿市で主に生産されており、現在流通している90%以上の伊勢形紙はこの地区で生産されている。最盛期の関東大震災(1923年)の頃には、当時の小学校教師が月給50円の時代に、良質の型紙を生産する職人は月300円をもらっていたほど景気が良かったそうだ。戦中、戦後に着物を着る機会は減少して、着物の生産がへっているために伝統を継承できる技術者も減ってきている。その中で、女性が伝統の技に魅せられて頑張っているというのも驚きだが、私たちの文化の奥深さを知るのにもうってつけなので、Youtubeで紹介の動像をご覧いただければとご紹介したい。
我孫子も着物の似合うまちではないかなと思う。大正ロマンの白樺派の本拠地でもあっただけのことはあって、そこかしこにゆかしい旧道がのこっている。暑さがすぎたら、皆さんも着物を虫干しがてら出して、着て散策などしてみてはどうでしょう。





型紙を彫る研ぎかた、


型紙のつなぎ目の処理(おくり口)

1000年前に伊勢の地の不断桜(国の天然記念物となっている一年中花をつける桜)の虫食い葉から型紙を発想したと言われる



このように、型紙 (柿渋で防水加工した和紙を防染したいところを切り抜いて図柄を作ったもの)を布の上に密着させ、その上から糯米と糠で作った糊をおき、型紙を取る。糊の乾燥後染料が滲むのを防ぐため大豆の絞り汁とふのりで地入れをする。その後刷毛で染色し染料を定着するため高温の蒸気で蒸し、水洗いをして糊を落とす。糊を落とすと糊をおいた部分は染まらず染色した部分がくっきりと図柄となって現れる。数々の工程に日本の精緻な技が継承されて高められてきたのを知って、驚くばかりだ。



posted by Nina at 11:48| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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