2014年01月09日

一方的でなく、多面的に理解することが必要

これまでに、カリフォルニア州ブエナビスタやミシガン州サウスフィールドなどで、慰安婦碑・像の建造計画がそれぞれ撤回された。ニュージャージー州フォートリーでも建造直前まで来て計画が中断状態に陥り、またニューヨークで通りに「慰安婦ストリート」と命名する案も出ていた。

さらには、ロサンゼルス近郊にあるカリフォルニア州ブエナパークの動向は、多くの韓国メディアの注目を集めていた。慰安婦碑建造が発案された当初、地元議会は好意的な反応を見せていたが、橋下大阪市長の従軍慰安婦発言によって、別の側面から見直すことも起きてきた。
8月27日にアーサー・ブラウン市議が、「日本はアジア女性基金などを通じて元慰安婦女性に補償を行っており、当時の村山富市首相もお詫びしている。碑の建造は日韓関係に悪影響を及ぼすし、公共の場所に建てられる碑は地域と住民に関係するものでなくてはならない」と声明を出すなど、公共の場に建てるものは寄付されるというだけでなく、その意味合いも考えられるようになって、鵜呑みに設置するというのが出来ないムードが強まり始めたというのだ。

グレンデールの現市長・ウィーヴァー氏は慰安婦像の設置後に市長に就任し、設置をめぐる市議会の投票では反対票を投じた。ウィーヴァー氏は反対の理由について、「国際問題に巻き込まれることはすべきではないと考えていたからだ」と説明し、「グレンデール市が日本からもっとも嫌われる都市になってしまい大変遺憾」と述べた。  少女像については「見たこともない」とし、除幕式にも出席しなかったことを明かした。また、「グレンデールには韓国人が1万2000人も暮らしているが日本人は少ない」とし、「誰が勢力を持つかお分かりですよね」と述べ、韓国系住民の圧力があったことを示唆した。

池上彰のYOUTUBEでの解説もネット上に開設されていた。
もともと戦時中は「慰安婦」と呼ばれていたが、それが「従軍慰安婦」とよべれるようになったきっかけがそれまでの「慰安婦」から『従軍慰安婦正編』(千田 夏光1973出版という語を戦後の文書ではじめて使用した本からだった。

その出版によってで、韓国をはじめとする慰安婦問題が起きて、補償を要求する運動に広まっていたというわけだ。

池上さんが解説していた。
慰安婦とは、かつての戦争の時代に、一定期間日本軍の慰安所等に集められ、将兵に性的な奉仕を強いられた女性たちのことである。
(出典:慰安婦問題とアジア女性基金HP)

民間の業者が1932年に最初の慰安所を上海に開設。
戦線の拡大に伴い400箇所まで増えていった。

戦後、しばらくたった1991年12月、韓国の元慰安婦・金学順さんが提訴。
なぜこの時期になったかというと、1987年まで韓国は軍事政権で、戒厳令が敷かれるなど、言論の自由はなかった。

当初、日本政府は、軍の関与を否定していたが、1992年1月、中央大学の教授が防衛庁の図書館で旧日本軍が慰安所を統制したことを示す資料が見つかったとして、朝日新聞が報道。これについては解釈が違うとか、この報道自体が誤報だと言ってる人もいる。しかし、無視できない内容に政府の見解が動く。とうとう1992年、韓国でも報道され、抗議運動が活発化する。
そこで、宮澤内閣は徹底的な調査を開始。

そして1993年、当時の河野洋平官房長官(当時)が談話を発表した。
日本軍の一定の関与を認め、日本政府としてお詫びスル内容だ。

しかし、日本の謝罪によって、韓国は責任を認めたのなら、個人に対して賠償すべきだと攻撃的になっていった。
これに対して、日本政府は、この問題は両国間で既に解決済みであるとした。

1965年に日韓基本条約が結ばれ、ここから日本と韓国が国交を結んだわけだが、このときに、韓国は、日本が朝鮮半島を支配していたときのことに関する請求権を放棄している。一方、日本は、韓国がこれから発展するように約5億ドルの経済協力している。
韓国はこれをもとに大きく経済発展を進めることが出来た。

だから、日本にしてみれば、韓国にしてみれば、最初の話し合いの時には慰安婦問題は出てこなかった。
日本は、韓国が基本条約の締結に際して請求権を放棄しているのだから、慰安婦問題も解決済みということだが、韓国は納得していない。新たに出てきた話だから未解決だと主張。日本政府は1995年、アジア女性基金という組織を設立、日韓関係を解決しようと、民間からお金を集めて元慰安婦の人たちに渡している。
一人あたり約200万円。
そして一人一人に総理大臣がお詫びの手紙も書いている。
これは周知されてないとの事。

韓国以外(オランダ、台湾、インドネシア、フィリピンなど)はすんなり受け取ってくれたが、韓国だけは、民間からお金を集めたことで日本は国の責任を回避したと主張。

そうこうしているうちに、2007年、第一次安倍内閣の閣議決定で「軍の強制連行を示す資料なし」ということで、政府の風向きが変わった。

謝って、賠償したら、筋違いだ受け取らないし。どの国でもやっていたといえば反省してないと言われるし、証拠はなかったと言えば責任逃れと言われる。従軍慰安婦問題はどっちにしても、一刻も早く真相を明らかにして日韓両国のためにも解決して欲しい問題である。

片や、南カリフォルニア州地域の日系コミュニティ・メディア「ジャパニーズ・デイリー・サン」は6月12日、太極旗とグレンデール市の模様がつけられた‘グレンデール慰安婦キリム碑撤去を要求しよう’という内容の寄稿文を掲載されたという。

この寄稿文の内容は、日本帝国主義当時の日本または日本軍が慰安婦を運営しなかったと主張し、日系住民たちが立ち上がってグレンデール市に強力に抗議しなければなければならないと主張だった。
7月30日に予定されたグレンデール市慰安婦キリム平和少女像除幕を組織的に反対し日本からグレンデール市側に抗議電話とEメールがずっと続いていると伝えた。 

また、ホワイトハウスへの署名は11万人を超えた。
Remove offensive state in Glendale, CA public park Please remove the statue in a public park in Glendale, California. It is a statue of a Comfort Women masquerading as a peace statue while in essence after reading the inscription it is promoting hate towards the people and nation of Japan.

https://petitions.whitehouse.gov/petition/remove-offensive-state-glendale-ca-public-park/3zLr8dZh

 
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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