2013年12月04日

歴史が後世に伝わるのか  歴史考2

F.ルーズベルトは、1944年11月7日に先例のない4選を果たした
一年たたないうちに肖像画の制作途中、1945年4月12日の昼食前に脳卒中で死去した。こういう時は、副大統領が大統領になる決まりだ。悪いことに、そのあとに大統領に就任したのはトルーマンだ。その後5月にはドイツが降伏、8月には日本が降伏して第二次世界大戦が終結する目前の死であったが、原爆投下に、待ったをかけていたルーズベルトと違って、トルーマンは積極派だったからだ。


ポリオで下半身麻痺のルーズベルトは日常生活には車椅子を常用していた。
車いすの姿をマスコミに見られるのを非常に嫌ったため、訪問先の植木や立ち木のカムフラージュのための植え替えなどを神経質なまでに指示した。また、マスコミもあえて積極的に報道しなかったため、TV時代の現代では考えられないことだが、ルーズベルトが健康を害していることは米国民にはほとんど知られなかった。実際、彼の車椅子姿の写真は2枚しか知られていない。 

ヤルタ会談においてルーズベルトは、ドイツ降伏後も当分の継続が予想された対日戦を、降伏条件を緩和することなしに早期に終結させるため、スターリンに対し千島列島、南樺太のソ連への割譲を条件にドイツ降伏後3ヶ月以内の対日参戦を要求した。
アメリカ政治史上で唯一4選された大統領でで、像は、米国の10セント銀貨に採用されている。
posted by Nina at 21:21| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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