2013年11月23日

20C初頭、我孫子の芸術家村での日々に何が起きたか

 先月初旬に、山田トミオ個展が開催され、私のブログでも紹介した。
マドリードに戻ったとのメールに写真の添付もあった。
新聞に出ない興味深いことが書いてあるので転載してみる。

162.JPG


定期的に行われる画家の個展を継続的に見てみると見えてくるものが
あるし、今私が取り組んでいるのは我孫子におきた「芸術家村」の
形成とその変遷なので、画家の行動・思考パターンを把握するにも
有益だと思うし、元来、芸術にまつわることに興味があるのだと
改めて思う秋だ。

さて、なぜ、『白樺』の中心的作家たちが我孫子にきて、全盛期の活動を
進めながら、10年ばかりで去っていったのか・・・・
我孫子人としては疑問でならなかったが、ここ3年ばかり調べてみて、いよいよ核心に
迫ってきた。そこで、是非、興味のある方は、私の仮説・白樺文士が我孫子を
去った訳、ウイリアム・ブレイクとの接点についてお話しできないものかなと思う。

なぜなら、秘密保護法案の成立まじかとも言われる最中だ、お目出度き人々と
みなされることもある「白樺3人組」は、当時の言論監視体制の強まる中で
特高警察にマークされ、兼子夫人も尾行をされつづけていた。
果たして彼らは、どのような国家観をもち、思想的勝利を得たのか、
未知のテーマを追求している。この研究によって、我孫子を後ろ髪惹かれる思いで
去らなければならなかった理由を論拠できると、新たな我孫子への興味
感心が湧き、研究者や観光客までも国内外から当地を訪ねてくるのでは
などと夢想しているのだが・・・・。

お目出度き人々の実態は、超ヤバイ人々(ヤバイ=Cool)だったという落ちなのです!
『白樺』派の新たな側面を追求する爆弾発言、爆発(爆笑?)問題を加えての研究になればなあと日々取り組んでいます。
 
 

From:  山田トミオ
Sent: Thursday, November 21, 2013 4:42 PM
To:KAIZU
Subject: マドリードへ戻りました
 
海津家の皆さん、マドリードへ戻りました。
戻ったら「清掃員スト」でゴミの山でした。
こちらは山は初雪、町中もブルブルです。

個展にて新作をお買い上げ下さり有難うございました。
跳ねる、元気の出る作品で、他に数点が売れました。
今回からギャラリーQになり、紀伊國屋画廊(閉鎖のため)の
半分のスペースなので、「おもてなし」どころか、座る椅子もなく、
ゆっくりとお茶も出せずに失礼しました。

そうそう、京料理をごちそうさまでした。
久しぶりに日本の秋を「食べました」。
あの上品さ、美しさを外国人が理解するには時間がかかるでしょう。
ヨーロッパにも季節料理はありますが、旬の素材を味わうのみで、
四季の空気は盛られません。

お忙しいと思いますが、いつでも遊びにおいで下さい。
我が家は息子たちも海外勤務など、部屋が余っています。

トミオ
posted by Nina at 07:38| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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