2012年11月18日

離党、結党の怪

17日、みんなの党参院議員の小熊慎司、上野宏史、桜内文城3氏が、衆院選への鞍替えで離党し、日本維新の会の公認候補となった。

このことによって、2010年参院選で比例当選した3人が来月に立候補すれば、公選法の規定で自動失職し、当時のみんなの党の比例名簿から3人が繰り上げ当選することになる。10年参院選でみんなの党から比例当選したのは計7人。次点以降の名簿順位は元キャスター真山勇一氏、肌着メーカー「福助」元社長藤巻幸夫氏、早大院客員准教授を務めた山田太郎氏で、3氏が繰り上げとなり、水野賢一、川田龍平、松田公太らに加わり同前の数は満たして、参議院で議案条件もこれまでどおり可能だ。

ところで、日本維新の会の新代表となった石原氏は、記者会見で、衆議院選挙でのみんなの党との連携について「みんなの党の候補者とのバッティングが一番怖い。それを解消する話し合いを短期間で急いで行う」と述べたが、みんなと維新の会とはかなり前に選挙協力をし、候補者のバッティングをしないと協議していた。千葉2区、5区の活動していた木村、中田両氏についても影響がでたのはそうした経緯だ。激変の選挙協力の中では、今さら石原氏に維新との合流を持ちかけられても、話し合いはついているはずだが、みんなの党をも巻き込みたいという目論みがあるからの言なのだろう。

その一方で、名古屋市の河村市長も「減税日本のネーミングが粗雑だというなら党名を変更する」とも述べている。また、代表代行に就任した橋下氏は、野田総理大臣が「小異ではないものを捨てて大同につくのは野合だ」と批判していることについて、「太陽の党とは見解に隔たりがあったところや国民の関心事などについては合意ができ、最後は同じ方向性でだいたい決まる」とかわしたが、名古屋ミソと白ミソを混ぜる程度のことでは済まない、と言う人もいた。

3.11の直後、みんなの党代表は高速道が断たれた福島への道なき道を物資を積んで兎も角、現地入りした。そこでの惨状をみて、4月10日投票日となっていた統一地方選挙は先延ばしにすべきだと考えた。被災地が多くては、まともに投票所も開けない混乱の状況で、選挙が出来る状態ではない、選挙より国民の生活の復帰が先だと言い出して、候補予定者に活動の自粛を伝えてきた。選挙の中止をするように、党として意見書も出していた。与野党多数の合意はされなかったものの、その主張は正しかったと考える。
群れなくても、しっかりした「みんな」の主張があるのが、まずは第三極の姿勢のはずだ。








posted by Nina at 04:52| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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