2012年11月17日

脳をリセット

いろいろな本を読んでいて面白かったのは、脳は人間の感情を支配しているけれども、結構だまされやすいともいう事がわかってきたことです。

脳はその楽しそうな顔を見て、あぁこの人はいま喜んでいるんだなと錯覚するとの研究がされていたそうです。人と明るく談笑したり、明るく振る舞い、よく笑うほうがいい。けれども性格的に無理な人もいるでしょう(笑)。なんと、一人鏡に向かって「アハハッ」と口を開けて笑うだけでもいいそうです。

一方で、同時に悲しみ上手も大事だとわかりました。

なるほど、最近はグリーフケアといって、人の悲しみに寄り添うことの大切さが論じられるようになりました。悲しい時にはちゃんと悲しむこと、泣くっていうことが大事だとの気づきです。


横文字にしないまでも、本居宣長も同様なことを伝えていました。
「人間は長く生きていると必ず悲しいことに出会う。
あぁ私は今悲しい、悲しいって声に出して言え。

人にも語れ、空に向って拝みもせよ。
それが昇華されて素晴らしい歌になる」と言ったのですから、悲しむということは、笑うことと同じように大事にしていたのです。


それでは、良寛さんはどう言ったかというと、『災難に逢ふ時節には災難に逢ふがよく候(そうろう)。
死ぬる時節には死ぬがよく候。是(これ)はこれ災難をのがるる妙法にて候』 と説いたというのです。
災難をのがれる唯一の方法は、どんなにひどい状況になろうと、そこでジタバタせず、すべてを受け入れ、淡々と生きることだと諭(さと)された。

逃れられない運命だと悟ったら、その中に飛び込むしかない。そして、悲しくなったら、ただただ思いっきり泣くことで、ちゃんと悲しむことは、笑うことと同じように大事なことだと訓(おし)えられた。


そう考えると、戦後よくなかったのは、百万もの人々が男たちを戦場に送り、家族が逃げまどい、血をながし、財産を失い、きずなを崩壊させる悲しみ、苦しみに目を向ける車の片方の車輪にまで目を向けることが出来ずに来てしまったことです。もう片方の深く悲しむ、嘆く、涙をこぼすことも人間として無視してはならなかったはずなのに、国の指導者にそのことが欠如したからです。

戦後の復興で、上手いこと金儲けをして、高笑いをしている人々と政治が癒着していったのです。そんなことでは、万葉集のころより綴られたこの国の民の歴史は納得しないでしょう。「一億総懺悔」なる言葉で、戦争の反省を国民に求めた一方で、軍の特需にあやかった人々、無駄に幾百万もの若い命を戦地に散らすなどに追い立てた軍の一部の人々は、さっさと戦後政治の糸を引くようになってしまった。

第二次世界大戦の戦勝国では、兵士たちの受けた心的外傷(PTSD)の研究、治療が行なわれたというが、日本ではそうしたケアなどは思いもよらず、それ位だから戦争の指導部にあった人たちには心からの反省はかったと考えられる。平和を誓った以上は、愚かな事を繰り返してはならない。そして、災害の復興という課題を抱えた現在、過去の反省にたって、せめても福島の人々の悲しみをしかっりと受け止めて、国民の納得する脱原発政策を打ち出すよう、専門家(政治家、官僚と言われる中枢の人々)任せにせず、この国の未来を正しく導く政治を築く努力に変えていきたい。

平和で美しい日本にする政治を実現していくように、脳をリセットして、今こそ国民主導の政治にしていきたい。


参照:
五木寛之氏の“大人の幸福論”より 『月刊致知 2012年12月号』致知出版社
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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